群青のマグメル~情報収集と感想

ウェブコミック配信サイト『少年ジャンプ+』で連載中の『群青のマグメル』を非公式に応援するブログです。

群青のマグメル第38話までのまとめ

■2つの世界と3本(?)の鍵■

前提:偽造不可能な黒い鍵とオーフィスがマグメルに隠した小切手入り宝箱の存在

前提

2つの世界

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黒い瞳のヨウの世界は、黒髪(?)のゼロが宝箱を開けた世界。

金の瞳のヨウの世界は、原皇が宝箱を開けた世界。

黒い瞳のヨウの世界に存在する1本の鍵

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キーヘッドに紐付き。

金の瞳のヨウの世界に存在する3本(?)の鍵

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原皇が拾因の死体の近くで手に入れヨウに渡した鍵。

 キーヘッドに紐付き。

オーフィスの遺品でトトが持つ鍵。

 キーヘッドに紐なし。

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ヨウがゼロに渡した鍵。

 キーヘッドに紐付き。

ヨウがルシスと初めて顔を合わせた時点で既に持っていて、古い友人が詳細を教えずに託した鍵なので、原皇から渡されたのとは別物。

古い友人は当時行方不明の人物なので拾因のことである可能性が高いが、その場合拾因の鍵が何故か2本存在することになる。

黒い瞳のヨウ=拾因ならばトトの鍵と拾因の鍵が1本ずつ存在することは説明できるが、拾因の鍵が2本存在する、または別の事情によってそう見える理由は説明できない。

また、ゼロの予感通りにこの鍵が使用される時は来るのか。

それはどんな状況で、鍵の使用によって何が起きるのか。

仮説

  1. 3つ以上の並行世界が存在して拾因も2人以上存在し、鍵も3本以上存在する。
  2. 3つ以上の並行世界が存在し、拾因は複数の存在が重なり合うなどして1人だが、鍵は並行世界の数だけ存在する。
  3. 並行世界の数は2つで、ヨウが拾因から託されゼロに渡した鍵は拾因の卓越した技巧による現実構造である。
  4. 実は鍵は2本しか存在しない。何らかの叙述トリックが使われている。

■2つの世界と登場人物■

2つの世界と登場人物

■第38話までの相関図■

相関図

■引用■

2つの世界と3本(?)の鍵

1 36話 7P    
2 33話 3P    
3 25話 11P    
4 33話 4P    
5 36話 8P    
7 33話 7P    
8 36話 7P    
10 26話 24P    
11 26話 24P    
12 36話 9P    
13 10.5話 2P 単行本第2巻(kobo版) 69P
14 10.5話 20P 単行本第2巻(kobo版) 87P
16 8話 4P 単行本第2巻(kobo版) 9P
17 8話 5P 単行本第2巻(kobo版) 10P

 

2つの世界と登場人物

ヨウ(左) 33話 12P    
ヨウ(右) 28話 1P    
拾因 30話 20P    
ゼロ(左) 33話 5P    
ゼロ(右) 7話 2P 単行本第1巻(kobo版) 171P
クー(左) 34話 17P    
クー(右) 37話 17P    
クラウドボルグ 20話 8P 単行本第3巻(kobo版) 93P
聖国真類3人(左) 34話 19P    
聖国真類3人(右) 34話 11P    
ミュフェ(左) 34話 19P    
ミュフェ(右) 38話 9P    
聖国真類6人 32話 17P    
デュケ 37話 19P    
エミリア 1話 48P 単行本第1巻(kobo版) 51P
オーフィス(左) 33話 16P    
オーフィス(右) 26話 24P    
トト(左) 33話 16P    
トト(右) 25話 10P    
ティトール(左) 33話 16P    
ティトール(右) 36話 12P    
神明阿アミル 31話 19P    
リー長官 29話 20P    
黒獄小隊隊員(左) 29話 20P    
黒獄小隊隊員(右) 29話 20P    
一徒 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
ボルゲーネフ 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
キミアイオン 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
蛍火 27話 3P    
?(神明阿配下) 38話 20P    

 

第38話までの相関図

イン ヨウ 31話 14P    
ゼロ 2話 15P 単行本第1巻(kobo版) 92P
拾因 29話 20P    
クー・ヤガ・クラン 31話 14P    
ミュフェ 38話 9P    
デュケ 37話 19P    
クーン 37話 19P    
聖国真類集合 32話 17P    
聖国真類の瞳孔 22話 19P 単行本第3巻(kobo版) 144P
神明阿アミル 31話 19P    
神明阿一族の紋章 6話 15P 単行本第1巻(kobo版) 162P
一徒 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
ボルゲーネフ 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
キミアイオン 13話 10P 単行本第2巻(kobo版) 139P
蛍火 27話 3P    
ルシス 10.5話 16P 単行本第2巻(kobo版) 83P
リー長官 29話 20P    
黒獄小隊隊員(上) 29話 20P    
黒獄小隊隊員(下) 29話 20P    
黒獄小隊隊員集合 31話 7P    
エミリア・チェスター 1話 48P 単行本第1巻(kobo版) 51P
極星社社章 1話 20P 単行本第1巻(kobo版) 23P
トト・ビックトー 25話 10P    
原皇 ティトー 36話 12P    
原皇の紋章 26話 1P    
フォウル国集合 29話 6-7P    

群青のマグメル第38話感想 ~乱戦を制するのは

第38話 構造戦 20P

追記 原題:第三方登场 (直訳:第三者の登場)

前回からクーンという聖国真類が構造の能力によって理解しようとしている何かを巡ってのバトル回です。基本的には2対5、ラストはより多くの頭数が加わってのバトルということで、相当な乱戦となっています。

ミュフェの構造者としての力も読者に対して初めて披露されます。ミュフェは現実構造者ということですが、これまでに人間が出現させたリアル系の現実構造とは異なり、エリンらしいケレン味のある現実構造を出現させます。デザインはいわゆる巨大ロボットのようであるだけでなく、角や瞳孔など聖国真類(というかクー?)のモチーフの装飾が施され武器も山刀風と独特のものであり、民族特有の呪術人形のような趣きがあって面白いです。一から聖国真類が製造した物を元にしているのか、人類が製造して聖国真類が鹵獲・改造した物を元にしているのかは定かではありませんが、聖国真類が高い技術力を持っていることもうかがえます。また、今回ミュフェが構造するのは巨大人型兵器や刃の大量に付いた盾など無骨な物ばかりですが、彼女の紋章であるらしい蝶々のマークは女性的かつ繊細でギャップに可愛らしさがあります。

クーの方は久々の手加減無用での殺し合いということで相当にテンションが高く張り切っています。前回の仲間の女の子にオタク扱いされ押し倒されかけていた姿とは全く違う戦士としての面を存分に見せてくれます。バトルにおいては流石戦闘種族といった高揚ぶりで、これと比べるとダーナの繭でヨウと闘った時はヨウの調子に合わせながらきちんと抑えていたんだと今更ながらに思いました。大量のミサイル類や火器類の構造による破壊力やそれを可能とする構造力の技量も非常に高く、いずれの敵対勢力からも名指しでマークされているだけのことはあります。ただ、エリン同士の闘いだと身体耐久力のこともあって重火器だけでは決め手となりにくいようです。今回転霊類を殺害したのも至近距離からの首の切断によるものでした。なんだかんだでクーも小回りを効かすことはできるのですが、力を誇示したがることもあって大味な攻撃を好むところは詰めの甘さを招きがちです。ヨウがいればこのあたりを補い合えるので上手くいくんですけどね。
そしてエリン同士のバトルもクライマックスか、と思われたところで乱戦を利用して目標物を手中に収めたのは人間である神明阿一族配下の構造者たちです。初めて読んだ時は違和感がありつつも流してしまったのですが、読み返すと4P目の唇に傷のある含み笑いの口元と6P目の聖国真類を舐めたような目線で批評しつつ隙をうかがう両眼が彼らのリーダー格のものであるとわかり、背筋をゾクゾクさせてくれます。感知力が高い描写をされているクーにも気付かれなかった点から、彼ら4人の中に気配を消す機能を含んだ幻想構造の構造者がいそうです。

今回のように、残酷ではあっても正面対決を好むエリンに対し、人類が策略を仕掛けることで自らの悪辣さを顕にするという構図は『群青のマグメル』では度々強調されるものです。そのこともあって私は最終的なラスボスは原皇よりも神明阿アミルの方ではないかと思っているのですが、現時点では唯の空想ですね。また一勢力相手なら十二分に対抗できても、もう一勢力に背後をつかれてしまうという構図は、今の聖国真類が置かれている立場をそのまま表すものでもあります。黒い瞳のヨウのこともあり、クーたち聖国真類の行く末には不安感が高まりますが、それが読者の先の展開に対する興味を煽ってもくれます。
前回神明阿の動向を探ることを決めたヨウに対し、クーの方は神明阿から目標物を奪い返すことが当面の指針となりそうですが、この目標物とは何なのでしょうか。黒い渦巻きの描かれ方やフォウル国の配下は構造者が死ねば逃げるしかないと言われていることから、構造力関連の物なのは間違いないのですがそれ以上はまだ明確にはできません。もしかしたらこれが神明阿のいう拒絶する力を回避しつつ大勢の人類をマグメル深部へ送る方法と関係がある物で、第8大隊の後始末のための目標とも同一の物なのではとは考えていますが、確証はないですね。とりあえず、対神明阿という点でヨウとクーの早めの合流が期待できそうなのは嬉しいです。

群青のマグメル第37話感想 ~感情を抑えきる理性

第37話 不穏の火種 20P

前回は怒りの感情も交えてスケルガーゴンを攻撃したように見えたヨウでしたが、結局命は取らずに遠くへ追い払っただけで済ませました。どこか白けた顔をしているあたり攻撃をしてすぐに自分が八つ当たり紛いのことをしたと気が付いて、手を緩めざるをえなく感じたのでしょうね。命拾いしたスケルガーゴンさえも困惑気味で、むしろ特に思うところが無い時のヨウの方がサックリと始末していそうな雰囲気です。

事情を知らないトトの会話でも不機嫌さを引きずるようなことはせずに、努めてごく普通の態度で対応しています。今までのヨウを思い返してみても、感情を込めた行動を取ることはあっても、感情のみに振り回された行動を取ることはありませんでした。その分はじめは掴みどころのないように思えるのですが、一度取っ掛かりを見つけると思いの外ナイーブな心情が理解できるようになります。
同じく考えの読みにくい人物といえば拾因でしたが、ヨウとの会話の回想で少なくとも分別は見た目ほどには荒れ果てていないことがわかりました。特に自分とヨウが別の人間だと承知した上で幸せを願っていると提示されたことは彼を理解する上で大きな意味を持っています。しかし、だからこそ、拾因の端々での感情の覗かせ方が本当にヨウそのものだと感じてしまいました。彼の繊細さと踏み越えられなかったのであろう家族の死を思うに、理性が残っていることにホッとするよりも、悲嘆を内に抑えきれてしまうことに物悲しくなります。拾因は死ぬまでヨウ以外相手の前では仮面を被り続けたのでしょう。

拾因の現在の人間性について疑問を呈する文章をこの話を読む前に書ききっておいて本当に良かったです。拾因が人の道を踏み外す選択をしたのはほぼ間違いないとはいえ、彼のことを興味本位でわざと穿ち過ぎて見るようなまねは私にはもうできなくなってしまったからです。

拾因がオーフィスと接触することで探そうとした人物とはおそらくゼロのことですね。もしかしたらオーフィスとゼロの親族が拾因の世界で知り合いだったのかもしれませんが、背景の不透明さを鑑みるにオーフィスが高い地位を持つがゆえに知り得た何か特殊な事情がゼロにはあるのかもしれません。今回のゼロは読者と同じくヨウとトトに面識があったのを知らなかったということで、ショックを受けている様子が理解しやすくていつもより可愛く感じます。拾因の世界ではトトとほぼ同年代だったことを知っているせいで余計に幼く思えるということもあるかもしれません。ファミレスで皆で食事をしている姿にも親近感が湧きます。

また、一連の会話で神明阿一族の動向を探るという具体的な行動理由がヨウに生まれたことは『群青のマグメル』の展開全体での転機となりうるものです。第一部でのヨウは基本的に受け身な立場でしたし、「世界を救う」という目的もそれのみでは漠然としすぎていました。ヨウが自ら行動を起こすことでこの先どうなっていくのか、期待が高まらざるを得ません。
繊細なヨウパートから打って変わっての久々のクーの出番は、いつもながら印象が鮮やかです。オタク扱いされる掴みからしていい意味であざといと言う他ないです。ちらちら顔見せしていて今回が初の本格登場となる聖国真類の少女のミュフェとの絡みも青い春があまりにも青くて青くて甘酸っぱすぎです!中国で言う青梅竹馬ってやつですね!それにしても『群青のマグメル』の女性キャラはみんな肉食だなぁ。引きも派手なバトルを予感させるものでなかなかに盛り上がります。

一方でこの7ヶ月の間に成長に合わせて新調したのか、服の模様が大人の彼と同じく上に膨らむものとなっていたりと芸の細かい描写もされています。何もしなければ訪れる破綻は少しずつ近づいているのです。

群青のマグメル第31話の2P目の追記

第31話の感想の追記ですが量が多くなったので独立したページを作成しました。

この話の2P目の文字だけのページでは重要な事柄が多く示唆されているのですが、日本語訳は中文版との内容の差異が大きい箇所もあり、全文を引用して注釈をつけさせていただきました。

 

 ヨウ

 もちろんヨウの名前で、5回出現しています。

中文版でも「又」という表記なのですが、漢民族にとって漢字一字の名前を敬称などもつけずに単独で呼び捨てにするのは、実の家族でさえ滅多に使わないほどの最上級の親密さを表す呼び方です。この場合は2人が師弟という親子に準じる関係であるためでしょうが、拾因にとってはヨウが自分と非常に近い存在であることから弟や息子のように感じてしまったためなのかもしれません。

拾因以外でヨウを呼び捨てにするのはクーのみです。流石のヨウも名だけを呼び捨てという特別な呼び方をされればすぐにクーを思い出せるため、中文版ではクーはマスクを外すコマまではこの呼び方をしません。クーの場合はヨウと親友だというだけでなく、漢民族の礼儀を理解しない「野蛮人」だという演出でもあるのでしょう。

ですが「野蛮人」のクーでさえも、中文版では喰い現貯める者を通じてという裏の読みうるコマ以外では、拾因のことは拾因という普通の呼び方をしています。

 

俺? 俺は拾因よろしくね

イン?それ俺のこと?
愛称なんて久しぶりだなぁ

上の文章の中文版を直訳すると「俺のことは拾因って呼ぶんだよ」、下は「なぜ阿因と呼ぶんだい?俺たちそんなに仲良くなったかな?」となります。

漢民族にとってはフルネームで呼び捨てにするのが最も一般的で当たり障りのない呼び方です。

日本語版のインという呼び方では愛称になりません。阿~という呼び方ならば、年下か同年代へ使うのが基本の愛称となります。年上の友人に使うこともありますが、師に対して使うことはまずありえません。ヨウとっての拾因は尊敬の対象というよりも、親しみを感じる友人や家族に近いものなのでしょう。もしかしたらヨウは拾因と自分の近さを本能的に察していたのかもしれません。

 

記憶力悪いねヨウは

 ヨウはマグメルの用語からクーの名前までなんでも忘れます。いわゆる話を進めるのに便利な設定というものです。ゼロがマグメルの設定を説明するのにも、作品として後で明かしたい設定を隠しておくのにも便利です。

ただ、とっさにクーの名前が出てこなかったのはともかくとして、第年秒先生のコメントによれば派手に言い間違えたのはわざとなのだそうです。ヨウはとらえどころのない冗談をよく言いますね。

 

これがダーナの繭
マグメルでも特別な場所さ

クスク諸島でダーナの繭が発生したのは拾因の故意によるものだという疑惑は晴れていません。繭がなければヨウとクーは再会できなかったかもしれないことは、拾因の計画の方向性を推察する上での重要な手がかりとなりそうです。

 

また負けたの?

幼いヨウとクーが喧嘩した時のコメントです。
拾因はヨウにエリンと接触しないように忠告していましたが、聖国真類の子供と出会ったことを告げられた後もしばし悩んでその相手と喧嘩し続けることを止めませんでした。相手がクーであることを察したのでしょうが、その時拾因の胸にはどんな想いが去来したのでしょうか。

 

ヨウは本当に逃げるのが上手だなぁ

幼いヨウとクーが喧嘩した時のコメントです。

拾因も黒い瞳のヨウも逃げ上手でした。しかし拾因の死体が発見されている以上、やむを得ない事情の故か自分の感情に従った故か、彼は最後まで逃げ続けることはできなかったのです。

 

もしあの人を見つけたら
その時は頼むよ

ヨウが人界に戻された後の行動についての指示だと思われます。あの人とはおそらくゼロもことでしょう。

 

あの父親と娘
面白いねぇ

中文版を直訳すると「あのオッサンと娘は?」となり、見知った顔を発見したときの言葉だと思われます。おそらくオーフィスとトトのことでしょう。ヨウが親子と出会ったことを忘れた理由に裏があるのかどうかはまだわかりません。

 

神名阿と原皇には関わるなよ

 この世界の拾因にとってはこの2つの勢力は邪魔者です。黒い瞳のヨウと、その世界のティトールとの関係はどうなったのでしょうか?そして別個体とは言え、なぜ2つの世界でティトールの立場は異なるのでしょうか?もしかしたら拾因が何か関与したのかもしれません。

 

これは喜びの顔さ

拾因はよく「~の顔」という表現を使います。仮面を被っているのであろう他人の前ではもちろんのこと、素顔で接しているはずのヨウの前でさえもよく使います。

拾因が白髪であることと合わせて考えると、家族を失った精神的ショックで上手く表情をつくることができなくなったのかもしれません。

 

現実構造の限界は
永遠の構造なんだよ

中文版を直訳すると「現実構造の極致とは永遠の現実なんだよ」となります。現実の物体だと思われていたものが実は現実構造だと発覚するといった展開がこの先にあるのかもしれません。

 

その剣 ヨウと相性が
いいみたいだね

中文版を直訳すると「その品物の持ち主 君を手助けできるかもね」となります。
日本語版ではヨウが危険生物の腹から脱出する際に手に入れた愛用の剣についての言及になっていますが、中文版では状況の特定が難しいです。

 

もう少しだよヨウ

修行中の師弟らしい会話です。

 

頼んだよ

あの約束……

拾因が願った「世界を救う」という約束が、現在のヨウにとっては一番の指針となっています。

群青のマグメル第36話感想 ~謎の鍵とは

第36話 二つの鍵 20P

追記 原題:承载过去之钥 (直訳:過去の鍵の重みを支える)

完全に中文版を追い越して掲載されている第36話です。

救助依頼の対象者はムダジの方でなくトトの方でしたね。男性と一緒に裸踊りをマスターしたということでムダジだと思ってしまい、まんまとミスリードに引っかかってしまいました。ムダジのところに来たシルエットがヨウではなく読者がそう誤認するように演出されたエリンだった時点で気が付くべきだったかもしれません。今思えばトトの裸踊りの情報とは今回の脱衣と同じく原皇からのハニートラップの一環だということになります。
トトのサービスシーンは貧乳娘の洗脳ストリップ(闇堕ち眼風味)というものすごいシチュエーションで初見は嬉しく思うよりただインパクトを感じることしか出来ませんでした。しかしヨウがそれには全く釣られずにお土産に釣られてしまうところが実に彼らしくて頼もしく、私も少し冷静になれました。ヨウの反応に対しトトと同じく原皇の端末になっているスケルガーゴンがビキビキ来ている様子もユーモラスです。では落ち着いたところで改めてトトをよく見てみましょう。貧乳でスレンダーな体型に泣きぼくろのように見える原皇の紋章がアダルトさを添えることでアンバランスなエロスが生まれています。上半身すべて脱いでいるのに肝心なところは見せないことでバストのなだらかなラインを際立たせているのも貧乳を逆手に取っていて高ポイントです。個人的にはもう少し恥じらいがあったほうが嬉しいのですが、それは中身があのオープンスケベな彼女、ティトールである以上は仕方がないでしょう。

そうです。ティトールはやはり原皇と同一人物であったのです。原皇の名前が明言されるシーンではブレスという日本語版で追加された名前が挟まっていることで少しだけ台詞の繋がりが読み取りづらくなっていますが、まだ出版されていない中文版では普通に「原皇」「安帝图儿」(「原皇」「ティトール」)という流れになっていると思われるので、原皇のティトールという名前を拾因から聞いたのを思い出すなどしていてヨウも知っているというだけのことですね。日本語版での原皇の名前はブレス・ティトールだと考えておけばいいのかもしれません。ただしティトールとは言ってもトーン髪でないことや話している内容から、第33・34話の彼女とは限りなく同ポジションの別個体であると断定してしまっていいでしょう。今回はこれまで謎とされてきた設定の多くが明かされ、ほのめかされるだけだった疑問点にもある程度の方向性が見えるようになりました。また、翻訳の際に省略してしまった設定で後の展開に関わりそうな要素のいくつかが提示し直されてもいます。

一方でトトが前から持っていた鍵に加え、原皇が拾因の死体の傍から見つけた鍵という思いもよらなかった謎が出てきました。これにヨウが拾因から貰いゼロにあげたあの鍵を足せば、合計3本の非常によく似た鍵があることになります。とりあえず整理してみると、原皇が拾った鍵は本当にただの鍵なのでしょうし、トトの物もそうでしょう。もし仕掛けがあるとしたら、原皇が今回確認せずに、ヨウから渡される際にゼロが意味深な予感を覚えたあの鍵に何かがあるのかもしれません。拾因が永続する現実構造の模索をしていたらしいことも意味深です。

今回のヨウは拾因の情報が原皇によってダシに使われたということで、珍しく終始余裕がなく不機嫌で、相当に怒っています。助けられた自覚がまだないとは言え、スケルガーゴンを攻撃するヨウのただならない迫力にトトが震え上がってしまう程です。いくら表面上はいつも通り振る舞えるようになったといっても、ヨウにとって拾因の死が与えた傷はまだまだ根深いですね。

ムダジの遭難も後で何らかの回収をするのでしょうがどういう形になるかはまだわからないです。前回新たに出てきてた話題で未回収のものとしては、神明阿一族のうまくいっていない第8大隊の後始末とやらがあるので、そのあたりを絡めてくるのかもしれません。

明かされた謎

  • 第33・34話の世界が今回の話と同一世界ならば、登場人物の成長などの様子から第36話以前であることはありえず、原皇が宝箱を開封して小切手を持ち去ってしまったので第36話以降であることもありえない。従って第33・34話の世界と第35・36話の世界は別の世界である。登場人物の外見などから考えて、第1~32話と第35・36話の世界、そして第33・34話の世界という2つの並行世界が存在している。
  • ティトールとは原皇ブレスの名前の一部だが、この世界の原皇と第33・34話のティトールは別個体である。
  • ビックトー親子とヨウ・拾因は過去に接触していたために、トトとヨウには互いにどことなく見覚えがあった。

(再)提示された疑問点

  • ヨウと拾因の外見がよく似ている理由。
  • ヨウは拾因のことを自分との類似性も含めてどの程度理解しているのか。
  • 偽造不可能な材料でできているはずなのにほぼ同一の鍵が3本存在する理由。
  • 原皇がヨウの構造力を解析したがった具体的な理由とその結果。
  • ビックトー親子とヨウ・拾因の接触の際に何が起きていたのか。

日本語版では省略されていたが提示し直された設定

  • 小切手の入った宝箱をマグメルに設置したのはオーフィス・ビックトー
  • ヨウと拾因は雰囲気や構造力の質が似ている。

 

2017/06/04 翻訳について追記

中文版について確認しました。

やはり日本語版で「原皇ブレス」「ティトール」となっていた部分は、中文版では「原皇」「安帝图儿」となっていました。なお、この部分で「原皇」が「原白王」という表記になっているのはただの誤植だそうです。

また「二つの鍵」というサブタイトルは、確かに今回出てくる鍵は2本なのですが、まるで「群青のマグメル」全体で今までに出てきた鍵が2本だと断定しているかのような印象を与えてしまうためあまり好ましくないかもしれません。

もう一箇所だけ中文版との比較で気になった点は原皇の能力に関する説明です。私は日本語版を読んだ時点では、原皇自身の構造はあの分析のための幻想構造で、他生物を端末とする力は構造力とは別種のものかもしれないと考えていました。しかし中文版では怪獣を使役するのに余計に構造力を消費したと書かれており、やはり原皇の端末化の能力は構造力によるものであるようです。また、13Pの「これは私の幻想構造」という台詞も、中文版では「这是朕手下的幻想构造。」であり、「これは私の管理下にある幻想構造」という意味です。この台詞は分析の幻想構造が原皇自身のものであるというより、原皇が端末化している構造者のものか原皇の配下の構造者のものであると解釈するほうが適当だと思います。どちらの場合でも原皇が実質的に自由に使える幻想構造であるため日本語版の台詞も間違いとは言い切れないのですが、誰がどんな能力を使えるかが重要となる能力バトルものでは、こうした微細な差異が後々に大きく影響してくることがあります。

群青のマグメル第30話振り返り感想 ~かれらのふるさと

第30話 多分もう会わないよ 20P

原題:未神明阿关于拾因(直訳:拾因に関する神明阿)

この回は全体的に意訳が上手くいっていません。

この後から第34話までの訳も出来が悪いです。特に第34話の訳は率直に言って惨いものです。第28話か第29話で4巻分となるはずなので、このあたりで翻訳者が変わったのだと考えざるを得ません。第3・4巻分の翻訳が良かったこともあって、読んだ当初は今回の翻訳も何らかの意図があってのことかもしれないと考えてみたのですが、第34話の翻訳を読んだ時それが愚かな希望的観測に過ぎなかったと思い知らされ、打ちのめされました。

本当は今回の全セリフを中文版で確認してほしいくらいなのですが、特に気になったもののみ抜粋して自分なりの直訳を添えてみました。

 

(日本語)その日 偶然なのか必然なのか その二人は 出会った
(中文) 在因还未是因之时,在命运的偶然和必然之下,那两个人,见面了。
(直訳) 因がまだ因でない時 運命による偶然と必然の下 その二人は 出会った

文字通りに読むと拾因にとって自分の名が因でない、つまりヨウである時ということを示唆していると考えられます。漢民族では姓や名を敬称などもつけずに単独で三人称として用いることはあまりありませんが、まだ名の方がありえるはずです。ただしこの部分の読み込みについては、作者が意図的に煙に巻いた描き方をしているらしいこともあって、正直自信がないですね。

「偶然と必然の下」というのはこの時だったことは偶然だが出会ったこと自体は必然、つまり拾因はヨウを探していたと解釈できます。

扉絵を省いてのいきなりのこの一文はかなりインパクトがあり、読者に『拾又之国』という作品には裏の意味があるのだと気が付かせるには十分なものです。そしてこの回の前半部が影絵風の演出をされているのはなぜなのか、つまり演出によって何を隠そうとしているのかということに思い至れば、ヨウと拾因の関係もおおよその見当がつくようになっています。そしてそれに回答を与えるのが第33・34話だったのですが、日本語訳ではそうした構造は完全に破壊されています。

 

(日本語)男は腰を下ろし拾因と名乗った「奇遇だね」「”因”と”因”お揃いだ」
(中文) 男人告诉他,自己名叫拾因。『很巧,与你只有一字之差。』
(直訳) 男は彼に自分の名前は拾因だと告げた「巧いな」「君とたったの一字違いだ」

偶然と捉えるだけでなく、何らかの作為がある(例えば拾因はその場で考えた偽名を自画自賛しているなど)とも捉えられる含みがあります。

 

(日本語)しかし今は廃業していて男の子と会ったのはただの偶然だと
(中文) 那个时候也只是凑巧路过
(直訳) その時はあくまでも都合よく通りかかったのだと

「凑巧」は自分の希望することに遭遇するというニュアンスです。

やはり拾因はヨウと出会うことを望んでいたのかもしれません。

 

(日本語)君は俺と似ている
(中文) 你拥有与我相同的天赋,这是圣洲赠与你我的礼物。
(直訳) 君は俺と同じ天賦の才を持っている これはマグメルが君と俺に授けた物さ

構造者の才能がマグメルに由来するものだという重要な設定の説明を省略してしまっています。エリンが中文版では原著者と表記されるのもおそらくはこの設定と関係があるはずです。

 

(日本語)多分もう会わないよ
(中文) 大概不会了。
(直訳) 多分もう会えない

『以后还会再见吗?』(俺達また会える?)というヨウの問いに対する返答なので、この台詞の「会」の意味は「会う」の方でなく「できる・ありえる」の方です。

「会わない」と「会えない」だと含まれる感情がかなり異なるのではないでしょうか。拾因もヨウと別れることに心残りがあったのかもしれません。

 

(日本語)今日は我に首を持ってきてくれたのか?後ろに立つ貴様らの主の!
(中文) 站在后面那位才是这里的主人吧?
(直訳) 後ろに立っているその男こそがこの場の主催*1だな?
前回は主催者の席に明らかに若様ではない男が座っていることで読者に違和感を持たせ、今回への引きとしていました。そして読み返せばその男は21話で若様から指令を受けていた部下だとわかるようになっていたのです。

  1. リー長官は主人面をして席に座り替え玉となることで神明阿アミルを護衛している。
  2. クーは黒獄小隊と顔見知りなのでひと目で芝居を見抜き、見知らぬ男が主催者だと見当をつける。
  3. その上でクーは芝居に引っかかってリー長官に向かっていくふりをしてから、アミルへ軌道を変えるというフェイント攻撃をかます。
  4. アミルへの攻撃を他の2人の隊員が最優先で打ち破るのを確かめ、本当の主催者を明白にしてみせる。
  5. そして芝居を既に見破ったことを宣言し黒獄小隊を挑発する。

以上が13Pから17Pの流れだったのですが、日本語版の台詞ではそれを理解することが出来ません。おそらく翻訳者も理解していないのでしょう。
中文版では第26話も合わせてクーが感情的になりやすいもののそれなりの判断力があることが示されているのですが、それを把握できない翻訳でただの力押しキャラだと誤認させられてしまうと、アミルの実力を即座に把握してひとまず攻撃をやめたことが、ただ気圧されたように見えてしまいかねません。

 

一応翻訳についての話題で触れておきますと、中国語での「少年」は現代的な用法としては青少年とほぼ同義のものとして扱われることの多い言葉であり*2、イメージされるのは概ね中学生以上の未成年となります。小学生以下を指すのは儿童・孩子・男孩などです。男孩という語が、小学生前後を核としつつ広い範囲の年齢も含みうるという点で、日本語での少年という語に一番近いのではないかと思います。ヨウは「男孩」から「少年」になった後で拾因と別れたので、弟子入りしていたのはおそらく7歳前後から12歳前後にかけてでしょう。

ちなみに上記の事情により中国で「少年漫画」というと外来語としての本来の定義に加えて日本でいうヤング誌的なニュアンスが強くなります。そういう意味ではやや背伸びして斜に構えた作風の『拾又之国』(群青のマグメル)は正しく少年漫画だといえます。凄惨なシーンが含まれることもあってか、中国の出版社の区分では適応年齢を満14歳以上としています。

 

前置きが長くなりましたが本題である感想へ移ります。

 

ヨウの一般人とかけ離れた職業、強さ、そして価値観についての種明かしとなる回です。

最初は恐ろしささえ感じられたヨウの価値観が読者にも自然に受け入れられるようになってからの、その理由付けとなる過去の話となります。もしヨウが主人公でなかったら、価値観が受け入れられない内にドラマチックな理由を明かすことで急激な印象変化を狙うという手法も効果的に働きうるのですが、いわゆる憧憬型に近いポジションであったとしても主人公は読者が最初から一貫して一番思い入れる人物であり、本作では新たな情報が出る際にも読者が投影している感情の乖離が起きないように気を配られています。また憧憬型から共感型へというヨウの主人公としての立ち位置の変化も極めてスムーズに行われています。

ヨウの生い立ちは客観的にみれば悲惨でいくらでもお涙頂戴ができそうなものなのですが、本人がそれを気にも留めていないことでむしろ前向きなたくましさが印象に残るようになっています。それでもヨウが初めて「人間として」扱われたのが、本来人間的なものからかけ離れているはずのマグメルでのことだという事実には心をえぐられてしまいました。ヨウは拾因から人間の世界に帰るように言われるのですが、ヨウにとって人間の世界とは帰る場所足り得るのでしょうか?ヨウは第1話で人界について「世界があまりにも退屈だった」と語っています。ヨウにとって人界とは送り届けられた途端に眠気を感じてしまうような退屈な場所でしかないのでしょう。ヨウにとってのふるさととはマグメル、つまり「家族」ができてそばにいてくれていた場所なのかもしれません。人界におけるヨウはエリンであるクー以上にたった一人で取り残された異邦人のようにさえ思えます。

ではその気持ちを身をもって知っているはずの拾因がどうしてヨウを人界に送り届けたりしたのでしょうか?拾因は自分自身があてのない逃避行に出て人界を捨ててしまった人間です。何もかもから捨てられた子供だったから、何もかもを捨てられる大人になってしまったのかもしれません。しかし何もない世界に本当に耐えることができたのなら、わざわざ「世界の敵」などというものになる必要はなかったはずです。拾因が最後にヨウへ望んだこととは、人間の世界を自身の帰る場所とすることと世界を救うことでした。拾因が命を投げ打ってまで再び拾い上げたくなったものが、その理由が、確かに存在するはずなのです。

一方でここ最近の話ではまるで人間以上に人間らしく見えたクーが、人間に対して牙を剥きます。その際に顕になったのは角と人ならぬ瞳という異形そのものです。クーは衒いもなく他者を認める性格ではありますが、同時に紛れもなく聖国真類の一員でもあり、強い自負心を持っています。聖国真類とはマグメルの根幹を守護する者たちであり、マグメルの構造力という恩恵を最も授かる者たちであり、マグメルをふるさととする者たちです。マグメルとはクーを育んだ家族と、共に生きてきた仲間が暮らす場所なのです。彼が彼である限り、マグメルの侵攻をまして聖地聖心の侵攻を見過ごすことなどできようはずがありません。もしマグメルが滅びるならばともに滅び、仲間とともに死ぬのでしょう。そしておそらく実際に「彼」はそうしたのです。群青の海を越えて出会った友人を追うことさえできないままに。

彼らのふるさとは戦火によって消え去りました。

*1:「这里的主人」は「ここの(建物・組織の)主人」の意味だが、この場合はゲスト(客人)に対するホストのニュアンスが強い。

*2:「青年」と区別する場合の辞書的な意味合いの「少年」でも下限は10歳とされ、日本での下限とされる7歳よりは上です。

群青のマグメル第29話振り返り感想 ~まどろみの終わり

第29話 神明阿一族 20P

原題:未神明阿一族

前回の鳥山明作品パロディから続いての、扉絵の鳥山明先生ライクなメカはデザインも書き込みも凝っています。ペンタッチは冨樫義博先生の影響が強いのでそこばかりが注目されがちですが、メカやキャラクターの服装などのデザインは鳥山明先生の要素を参考にして取り入れている部分が大きいように思います。余談ですが、第年秒先生が初めて読んだ少年漫画は『ドラゴンボール』なのだそうです。
タイトル通り神明阿一族の内情に初めて切り込んでいく話で神明阿一族という名称もこの回に初めて出てきます。それまでは若様が拾因なのではと思わされる描写がありましたが、それがミスリードであったことが神明阿という姓氏と若様の特徴的な瞳によって明示されます。
また、三大勢力のもう一角であるフォウル国についてもいかにも多部族連合国家めいた様子や原皇ブレスが女性であるらしいことの描写があり、単なる名称としての勢力名から顔のある相対すべき相手へと認識が切り替えられます。彼らの激突に向かう動きへの危惧がいよいよ具体化していく中、それと裏腹な闘いへの期待感も高められてしまいます。
一方で同時進行するヨウとクーのバトルは実にほのぼのとしたものです。舞台となるクーの部屋にはテレビだけでなくフィギュアや本、DVDと思われるグッズ類までが大量に持ち込まれています。人間文化への傾倒だけでなく、拾人館での生活への馴染みぶりなども見て取れて興味深いです。大きなスカル柄の壁飾り1つをとっても、喰い現貯める者の造形や現在の衣装から受ける印象通りにクーが少しカッコつけ系というかバンドマン風のデザインを好んでいることがわかってキャラ造形の丁寧さを感じます。
ガキそのものの戦いに興じていた2人ではあるのですが、神明阿一族からの接触により遊びは文字通りに終わりを迎えることとなります。ここで餌にされるのが、読者にとっても完全にヒントを見失ってしまったばかりの拾因の情報だというのが実に心憎いですね。その後のそれとなくエミリアを人質に取っていることを示唆するルシスの言動にも底意地の悪さが感じられ、彼らが一筋縄ではいかない大人な相手であることが強く印象に残ります。