群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第47話感想 ~神につくられた女

2017/11/12 翻訳について下部に追記

第47話 襲来 20P

追記 原題:未知的诞生 (直訳:未知の誕生)

まず今回の本筋に触れる前に2P目の台詞で気になった点に触れさせていただきます。「ご主人 ~ 殺し合ってます!」という部分についてです。

現代日本語で「ご主人」が雇主・上司を示す言葉として使用されるのはかなり特殊な場合に限られ、日本語版の『群青のマグメル』ではゼロのヨウに対する呼称として、彼女の独特で子供っぽい言葉遣いを特徴付ける要素のひとつとして用いられています。そのため文字だけを読むとこの発言をしたのはゼロに思えるのですが、フキダシの種類がゼロの通信を表すものとは異なっている点やフキダシの発言者を示す尾部の伸びている方向、報告に対しルシスとアミルが振り返っていると思しい反応をしていることから、本来の発言者は2P5コマ目の手前側にいる神明阿の部下だと考えるのが妥当です。

実はヨウのゼロからの「ご主人」という呼ばれ方も神明阿の「若様」も、中文版ではどちらも「少爷」という同一の単語なのです。これは正体が誰であれラスボスであることがほぼ確定的な神明阿の「少爷」と、主人公であるヨウとをあえて同じ言葉で表すことで鮮烈に対比する意味合いが大きいと考えられます。とはいえ日本語版では訳し分けていたのですから、神明阿の「若様」に対して使われた「少爷」がいきなり「ご主人」と翻訳されると混乱が生じてしまいます。この場面の本来の意図は部下から「少爷」つまり「若様」と呼ばれているのがルシスでもアミルでもおかしくないという状況を読者に提示することにあったはずです。神明阿の部下からの若様に対する報告が、ゼロからのヨウに対する報告と取り違えられたために誤訳が起きたのかもしれません。もしくは神明阿の「若様」という呼称を廃止して「少爷」を全て「ご主人」と訳すことに変更された可能性もあります。「少爷」の意味は若様・坊っちゃん・ボンボンであるのですが。

それでは本筋の感想に入ります。

冒頭で神明阿の秘儀への攻撃があり、前回決意を固めたヨウの妨害かと思いきや、実際は第三者の乱入ということでまずは読者の期待が透かされテンションがリセットされます。ヨウも高めていた気勢をそがれてしまいます。ヨウが海底で感じた気配とは端末である深淵喰らいを通じて漏れた原皇ティトールのものだったのですね。

乱入者である原皇の猛獣と探検家たちの闘いの場面は無数対無数のまさに地獄絵図という凄惨さです。読者の視点の基準になるヨウからはまだ他人事の惨事ながらも、描写の鋭さに話の緊張感が徐々に高まっていきます。続いて秘儀の場へ舞台が戻り、ヨウの目前でティトールの端末対ルシスというバトルが発生します。クエスタ甲種からの攻撃に対してこともなげにそれを防げるだけの構造物をつくりだせることからルシスの構造者としての腕はかなりのものであるようです。12Pは構造物の横のラインと落下物の縦のラインのレイアウトが見事で丸々1Pの縦横比が活かしきられています。静的ながらもスケールの大きさにある種の荘厳ささえ感じさせられます。

これを好機にヨウが秘儀へ乱入し、滞りのない流れでテンションが盛り上げられたところでいよいよ今回のクライマックスがやって来るのです。手初めの愛用の剣の投擲からして、防がれることを見越してくくりつけていた煙幕弾による撹乱が本命だというのがヨウらしいトリッキーぶりで面白いですね。この煙幕弾は第44話で用意していたものの全部または一部で、その時は私は煙幕弾という呼び方で原始的なものを想像していたのですが、普通は発煙弾と呼ばれる現代兵器であるようです。ヨウがガスマスクを持っていたのは単に正体を隠すためだけでなくここで麻酔入りの煙幕弾を使うためだったというのがよく練られていると感じます。前回の続きで原皇の乱入がないままに実行してもある程度有効性が見込めそうな策ですが、混乱に乗じられればなおさら効果的でしょう。ヨウが広間に身を晒しての16Pの構図は遠近感やアングルが躍動的であるだけでなく、ヨウ・完全構造力の渦・神明阿の当主たち・攻撃を防いでるルシスたちという位置関係がわかりやすく示されてもいて漫画のコマとしての完成度が高いです。これに続く遍く左手の攻撃のコマも迫力があります。しかし攻撃の届く直前に完全構造力による構造が完成してしまうのですが、その正体が人間、少なくとも人型の何かというのには度肝を抜かれました。完全構造力による人間の構造が出てくること自体は予想していましたが、このタイミングでくるとは思いもよりませんでした。ヨウがすごく懐かしい感覚を抱いたということにも強く興味を惹かれます。もしヨウの知る拾因が完全構造力でつくられた存在ならばそのことを示しているのかもしれませんが、ヨウの知らない血縁者がモデルの可能性もあります。この女性のモデルとは誰なのでしょうか。あるいはモデルのいない完全に新しくつくりだされた人間なのでしょうか。ならば彼女は神の座を奪わんとする神明阿一族の新たなイヴ、あるいは新たなリリスなのかもしれません。

日本語版の『群青のマグメル』では現実世界と繋がる組織名や地名は大部分がぼかされていますが、『群青のマグメル』の中文版もとい『拾又之国』の舞台は「聖洲」という異郷と接触した現実世界なのです。神明阿一族の神そして信仰については明言されてはいませんが、神明阿アススの構造の紋章は完全に十字架であり、第45話15P3コマ目での若い頃の回想の背景にも十字架に見える装飾があります。また現在は加齢のため判別しにくくなってはいますが、彫りの深い顔立ちで回想の視覚効果でなければ淡い色の頭髪だったこともわかります。またその他細かい描写などから、彼らの信仰がアブラハムの宗教に属することが推察できます。これらの詳細についてはいずれ機会を改めてまとめてみたいと思います。例を挙げるなら、フルネームは判明していないものの神明阿一族の中核の1人であることは確実なルシスも見るからにコーカソイド系であり、彼の構造の紋章は直線を上に弧を下に見ると羽を広げた天使の図様によく似ています。12Pの最下段の構造物のように直線を下に見ると落ちる天使となります。

翻訳について追記

2P目で日本語版では「ご主人!」になっていた箇所は、中文版ではやはり「少爷!」でした。この「少爷」が示しているのは神明阿の「若様」で間違いありません。

また19・20Pの擬神構造を前にしてのヨウの独白は、日本語版では

「え… なんだ?」

「なんだこの……」

「凄く懐かしい感覚は…」

 と、終始ぼんやりした「凄く懐かしい感覚」に戸惑っている印象ですが、中文版では

「这? 什么?」

「等等! 这个……」

「这个熟悉的感觉是?」

「これ? なんだ?」

「待て! この……」

「このよく知ってる感じは?」

と、最初は戸惑うもののすぐに具体的な「熟悉的感觉(よく知ってる感じ・馴染んだ感覚)」の正体に気がついたことが読み取れます。中文版の流れならば、第48話の後半でヨウが具体的な知識を持った上での思索をしている「あれ」が擬神構造のことだと引っかかり無く理解できます。