群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第75話感想 ~不可知と未知

第75話 ヨウとクー 24P

ヨウとクーの会話で構成された回です。設定において重要な初出情報が多く出ているだけでなく、2人の人物像においても重要な掘り下げが行われます。

不可知の神

クーがヨウに促される形で聖国真類の信仰について説明します。聖国真類の神であるマグメルの神・マグメルの意識とは宇宙の創造神とされているということです。創世神話の内容はヨウの言う通りにオーソドックスなものですが、聖国真類のみが神の似姿とされている点が多種族の存在するファンタジーらしさがあって面白いです。またこれが聖国真類のある種の選民思想的な態度の裏付けだと推測できるのも興味深いです。宇宙をつくった神ではあっても他の種族とは無関係な神だとされているのも、他の種族は庇護しないと考えられているからなのでしょう。架空の種族と信仰ではありますが、現実の民族宗教や拝一神教あるいは主神の存在する多神教を参考にしていることがうかがえて、適度にリアリティがあります。

ただ、クーは教義上ではマグメルの神と人類の神は別物だと主張していますが、神明阿一族が現在神として扱っている擬神構造の正体がマグメルの意識である以上、やはり両者は同じもののように思えます。対してヨウはマグメルの意識とされているものは神というより意識を持っただけの完全構造力の塊だと考えているようで、こちらももっともな説です。もし擬神構造が本当の創造神の化身ならば、神明阿一族をはじめとする人間が理解し利用しようとしているのは傲慢極まりない行為ですが、それでも失敗に終わるまでは試みてしまうのが人間の性でもあります。

未知からの贈り物

クーは現在自分が強者会の一員の座と権力を求めている理由をヨウに語ります。幼い頃に難病で余命わずかの状況で薬草を強者会の関係者に奪われたクーにとって、権力とは自分の運命を決める力そのものだということです。強者会の意思を絶対とする実力主義的な社会において、上を目指すクーの道は極めてまっとうですし、幼い頃のクーの絶望の表情にもその決意裏付けるだけの説得力が感じられます。それでも、第62話でミュフェの考えた通り、実力は十分でも性格的にはクーに他者を踏みつけて頂点に立つ道は意外と向いていないような気がしてします。今回も、選ぶ主体が変わったとしても、選ばれるあるいは選ばれない対象が出るのに変わりはないことをわざわざ話題にしています。

では過去には選ばれない側だったはずのクーが助かったのはなぜか、という点ですが、クーの救いは社会の外から未知の人間がもたらしたものでした。その人間とは拾因です。かつて拾因が真類の里に現れて「挨拶の品」を置いていった事件は、第17話でもクーが触れています。ひとつの社会の中では解決しきれない問題の解決方法がもたらされることは、未知の存在との接触において理想的な展開だといえます。クーも人間に助けられたと言葉にするのは抵抗があるようですが、「人間びいき」な理由にはやはりこの件が関わっているのでしょう。ただ、読者とは違ってクーには拾因が自分個人を助けようとしたと推察できる情報がなく、贈り物に薬草が入っていたのは偶然と思っているはずなだけに、これまでの態度から考えても拾因については真類全体の方針と同じく敵対対象として捉えているようです。もっともクーは意地を張る性格ですし、弟子のヨウと出会って交流した点からしても、内心では拾因に興味を持っていたのかもしれません。興味とは未知を既知へ変える欲求です。

未知を目指す熱

クーを拾人館に勧誘しがてら、ヨウの方も自分の歩む道について語ります。読者には断片的に示唆されていた心情の再確認が主な内容ですが、ヨウ自身の口からはっきりと、クーに明かす形で示されるとやはり感慨深いものがあります。自分自身から湧き出る情熱に乏しく脇役のようだと自己評価するヨウが、それでもマグメルという冒険の舞台の主役である探検家たちの情熱を帯びて、活気を受け取り、紛れもなくストーリーの中心になっている。それこそがこの『群青のマグメル』という作品の基盤なのだと改めて感じます。もちろん複数の世界もしく時間軸の存在と複数のヨウの存在という設定が重要なのは間違いないのですが、むしろヨウが主人公足り得ているのは人界とマグメルの双方を等価に扱い繋ぐことのできる彼自身の性質によるものです。

そしてヨウは人界にとってマグメルが未知の地であるように、マグメルにとっては人界が未知の地であることに気が付きます。マグメル新生はマグメルの人間や世界に対する興味から起きたというヨウの仮説は視点の逆転する驚きがあって面白いです。聖国真類の神話では真類の姿だとされる神が人間の少女の姿をしていたことを、神が人間に抱いた興味や好奇心の表れだと考えてみるのも楽しそうです。

また、マグメル新生で出現した大陸部分が新たに構造された陸地だという設定も明らかになりました。この部分は真のマグメルである超空間移動プレートから見ても、人界から見ても、未知の場所です。クーはそこを人間が冒険することを言葉では拒絶していますが、今までなんだかんだと救助を手伝ったりしていますし、他のエリンにとってもその場所までならそうは問題にならないはずです。人界とマグメル双方の存在のためには断絶してしまうほうが手っ取り早いのかもしれませんが、ヨウが体現する群青のマグメル』のテーマを鑑みるに、この大陸部分を緩衝地帯とすることで程よい距離感と接触の方法を見つけ出してほしいところです。