群青のマグメル ~情報収集と感想

『群青のマグメル』と第年秒先生を非公式に応援

史上最弱英雄伝説感想 ~英雄の条件

『史上最弱英雄伝説』(原題:史上最弱英雄传说)は第年秒先生が2012年に中国で前後編に分けて発表した読切です。その時は24P目(アプリ上の表示で25P目)が区切りになっていました。中国の紙媒体の漫画で一般的なフルカラーで左から右に読み進む形式です。以前は中文版もウェブ上で公開されていたのですが、第年秒先生の所属の変更により、現在は非公開となっています。

絵・演出・構成と多くの点で完成度が高い読切です。スケジュールに余裕のある時に描かれたらしく、タッチが非常に繊細です。3人の能力者の個性と、主人公の2つの夢、そのすべての要素がストーリーにきれいに組み込まれています。ただ良くできているだけでなく、コメディパートでは元気のいいギャグも多いので、楽しく読み進められます。『群青のマグメル』の翻訳と同じくこの作品もギャグに日本語版のアレンジが多く加わっており、個人的にはツボが合うので、自然にクスリとできるのが嬉しいです。バトルパートで敵のヤクザが鏢を武器としているのも興味深いです。これはリアリティよりもカンフー映画などの流れをくんだエンタメ要素でしょうか。

3人の能力者とヒロイン

U級クラブの3人はそれぞれのキャラ立ちにも凸凹の噛み合い具合にも躍動感があります。唐開元はいい意味での普通の少年らしさと元気の良さがいかにも少年漫画の主人公らしく、好感が持てます。仲間たちも、一見線の細そうな花雲明の本当の強みが女体化能力よりむしろ武術の方であったり、ギャグキャラ風の外見・言動・能力の裴一本がMVP級の活躍をしたりといった意外性で印象が深くなっています。ヒロインの曲霊霄も美人系な外見としっかりした言動に、はちきれそうな若々しさが同居していて魅力的です。第年秒作品の女性キャラの中で、お姉さま系でない主人公と年齢の近いメインヒロインとしては、プロポーションも露出も贅沢仕様になっていて希少価値を感じます。ちょっとちゃっかりしていそうな所がなお良いです。歌唱シーンの息を呑む空気感の表現が前半のハイライトですね。

2つの夢と英雄

世間に超能力の存在を証明し彼女をつくるという唐開元の2つの夢は、彼が英雄となったことである意味叶い、ある意味叶わなかったと言えます。

コメディタッチの前半から一転、爆弾の予期せぬ起動から曲霊霄や仲間を守るため、唐開元が自分の能力を活用し自己犠牲を図るシリアスな展開へ突入するダイナミックさには思わず引き込まれました。謎めいた冒頭のシーンに繋がる定番の構成もよくできており、唐開元の視点にちゃんと感情移入できているので作り物めいた陳腐な感じを受けません。ただ、そのままどんでん返しも無しに唐開元が死んでしまった点には、正直面食らいました。曲霊霄にとって唐開元が忘れられない人になったのは間違いなくとも、辛い思い出も残すことになってしまい、割り切れない気持ちを感じます。事件がテレビによってもみ消されてしまい、真実を知る一部の超能力者によってのみ語り継がれるという結末も相当にビターなものです。いざという時にためらいなく他人を優先できてこそ真の英雄であり、世間から忘れ去られた者の中にこそ真の英雄がいるというのは確かにある種のロマンではあるのですが、あくまで個人的にはとはいえもう少し甘めの結末や主人公の未来を見たかったという思いがあります。

英雄の系譜

根本的には個々人の好みの問題でしかありませんが、日中での少年漫画の英雄像の違いや、あるいは第年秒先生が熱心なファンであるアメリカンコミックスのヒーロー・スーパーマンと英雄・超人像の違いは、結末の捉え方に多少関わってくる要素かもしれません。そういう意味では、第年秒先生は武侠漫画も手がけているだけに、しばしば破滅的でさえあるアウトサイダーのロマンも魅力のひとつとする中国の好漢英雄の影響が、本作にあると考えてみてもおかしくはないでしょう。また、超能力者と世間の関係などは、X-MENなどのアメリカンコミックスのミュータントを扱った作品の文脈とも通じるところがあるように思えます。

さらに、本作は2012年に発表された作品であり、第年秒先生のキャリアの中でも比較的初期の作品です。これ以後も、2012~2014年に描かれたらしい『ハイッ! ホイッ!! ホワァタァ!!! ~巡る因果の狂騒曲~』(原題:喝!哈!啊哒!)や、2013年の『追想フラグメント』(原題:二想)、2014年の『5秒童話』など、第年秒先生の読切・中編は作中の重要な転換点に主人公やヒロインの身投げを採用するものが少なくなく、その上でいずれも死亡には至らなくなった点は見逃せません。特に『5秒童話』は、マンションから突き落とされた主人公が誤解からヒロインのために死を決意するものの、落下中に誤解に気付き、ヒロインを救うヒーローになろうと生存を図るストーリーです。『ハイッ! ホイッ!! ホワァタァ!!!』の作者コメントではそちらの作品を『5秒童話』の着想元のひとつとして挙げているとはいえ、『5秒童話』の一側面に『史上最弱英雄伝説』のテーマの発展形を見出すことはあながち的外れではないはずです。メタ的な見方ではありますが、そう整理することで個人的にはこの作品の苦味を飲み込めるような気がします。ただし、『史上最弱英雄伝説』が『史上最弱英雄伝説』として独立したひとつの作品であることはいうまでもありません。もし現在は同じテーマを描くつもりはないとしても、本作の驚くようにほろ苦い物語こそが、当時の第年秒先生が描こうとし、そして描いたものだったのです。