群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第89話感想 ~父親の存在と両義性

第89話 生の意味 22P

ティトールの首が切断される衝撃的な幕引きの前回でしたが、今回は時間をさかのぼり、絵本というかたちで描き終えていた彼女の過去が明かされます。以前に描かれた絵本では隠蔽や改変されていた真相、彼女の一族である前世類が壊滅した事件の顛末があらわになりました。

全編を通じてベタによるシルエットを中心とした絵作りが施された回です。早描きの絵本という設定に沿った、明暗の単純化と大胆な画面構成の画作りにはグラフィカルな美しさがあります。

ティトールと父親の裏切り

以前にティトールが描いた絵本では、前世類は侵略者に蹂躙された単なる無辜の被害者とされていました。しかし侵略者とされた一軍の正体は前世類の臣従していた初代原皇の軍であり、前世類の長老やティトールの父親らが独立を画策してフォウル国を裏切ったために滅ぼされたと判明します。また、ティトールの父親らは数千年ぶりに表れた構造者であるティトールの能力を強力にするため、原皇軍の仕業と偽ってティトールの友達である子どもたちを殺害してさえいました。一族の無力さと古く屈辱的な運命が受け入れられないという心情は理解できるのですが、ティトールの父親の行動は統治者の側からは容認し得ないものでしょう。親子の信頼関係を前提としているとはいえ、幼いティトールに背負わせようとしていた責務は明らかに過大ですし、一族のためという大義名分を掲げながらその未来の担い手である子どもたちを犠牲にしてもいます。以前の絵本の内容が真実そのものではないことは予想の範疇でしたが、その上を行く強烈な真相です。

ティトールが敵と教えられていた初代原皇を端末で確認した際、目が合い声を掛けてきた原皇と友達になってしまったのも、彼女の寂しさを思えば無理からぬことでしょう。初代原皇の、皇にも関わらずランチを手ずからつくる所帯じみた振る舞いや、ランチをティトールに普通と言われ作り直すような子供っぽいプライドの高さが面白いです。歳や立場の差は大きくとも彼とティトールがすぐに意気投合できたのにも納得がいきます。新たに知った広い世界がどれだけティトールに魅力的だったのかもよく伝ってきます。それだけに、ティトールが秘密にしていた父親の所業を原皇に打ち明けたのもごく自然な心の動きだと感じました。ただし結果的にその相談は密告となり、前世類は原皇軍に滅ぼされます。ティトールが意図せず一族を裏切るかたちになってしまったのは悲劇的です。

暖かい火と焼き尽くす火

ティトールはかつて『生きるためだけには生きない』という貪生花の花言葉を語り合った際に、父親から焚き火のような暖かさを感じていたようです。しかしその暖かい火は、父親が友達を殺害して初代原皇に罪をなすりつけた時に、彼女の心から消えてしまっています。

彼女が暖かい焚き火の安らぎをまた感じられるようになったのが、敵である初代原皇と友達となってから、端末を通じて、というのは皮肉な表現です。さらに初代原皇の火とは、ただ暖かいばかりでなく、裏切り者や敵の全てを焼き尽くす苛烈さも持つものだったという皮肉が貫かれています。裏切り者である前世類の里は原皇軍の放った火に包まれます。

そしてティトールが父親の暖かさを再確認したのもこの里を焼く炎の中です。裏切り者となじり「お前の父はもういない」と言って攻撃しながらも、ティトールの父親は自分を殺すように仕向けることでティトールの命を助けます。子供たちさえ犠牲にした彼は客観的にはとても尊敬できるような相手ではありませんが、ティトールにとっては彼がかつての「父親のままだった」と感じられたのは確かな救いとなったと思いたいです。

ティトールと彼女の父親の関係は、子供と利用する保護者と言う点で、クリクスと彼の兄や、ゼロと研究所の主様の関係と似ています。また、ティトールと初代原皇の関係は、子供と新たな世界を見せた新しい仲間と言う点で、ヨウと拾因、ゼロとヨウ、クリクスとヨウの関係と似ています。ただしこれらの善悪の線引ができるような関係と、ティトールと父親と初代原皇の関係は、ティトールの父親が彼女を利用しつつ愛情も持あるという二面性を抱えていた点で決定的に異なっています。

「自分たちのため」の矛盾

父親を殺害し初代原皇に臣従して命を長らえたティトールは、生きるためだけに生きるのではなく、「自分たちのため」に生きることを誓います。確かに原皇である現在のティトールは自由気儘に振る舞えるだけの力を手に入れています。前世類は基本的には弱い種族ですが、寿命はもとから長いので、構造者としての鍛錬と経験の積み重ねによりティトールは最強の生物の座にまでたどり着けたのでしょう。

ただしこの「自分たち」が指すのは、ティトール個人でなくあくまでティトールも含む前世類という種族のことです。もはや唯一の生き残りでしかなくとも、父親の最期の頼みに従って、前世類の運命を切り開くために現在のティトールは生きているといえます。ティトールの父親は強者から従わされる屈辱を幾度も説きながらも、父親の立場からティトールを自分の命令に従わせ続けてきました。その度にティトールは「承知しました 父上」と言い、友達が殺害された時さえも、そして父の最期の時にも、同じ言葉を返しています。他者に従わないという命令に従わなくてはならない矛盾をティトールは背負っていることになります。

また、初代原皇の夢である天下統一も同じく矛盾をはらむものでした。かたや独立かたや多種族の協調と選んだ手法は正反対ながら、どちらも目的は「自分たち」の平和と自由意志の尊重という理想を実現することでしたが、やはりどちらも「自分たち」の枠を越える裏切りや敵に対しては一切を排除するしかないという現実にぶつかっていました。夢を目指す戦争の末に彼の一族ごと滅んだ初代原皇に対しては、ティトールはかつての部下として自惚れ屋と否定的に語っています。冷たいようですが客観的な判断ができているともいえ、実の父親とよりはまっとうな関係が築けたと見ることもできそうです。しかし血縁はないながら原皇の後継者となっている点からしても、やはり複雑な愛着を抱えてはいるのでしょう。

ティトールと父親と初代原皇の関係は、全員が明確な善人でも悪人でもないからこその解決しがたい問題を無数に抱えています。少年漫画としては複雑で爽快感に欠ける要素とはいえ、主人公と一定の距離がある同盟相手の背景ですし、1話で過不足なくまとめられているので、適度な深みになっていると感じました。そもそも『群青のマグメル』自体が社会正義よりも個々人の生き様を重視するアウトロー的な作風です。過去が判明した以上、ティトールで重要になるのはこれから何をするのかという点です。生存は絶望的な状況ですが、もし助からないとしても彼女なりの成果や結論は残してほしいところです。