群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第91話感想 ~再会と別れ

第91話 “また…”前編 65P

今回のサブタイトルは「“また…”前編」となっており、前後篇あるいは前中後編の前編のようです。それでも65Pとボリュームのある回です。
ヨウたちと黒獄小隊戦の決着がつきます。それに伴い各所に散っていたヨウたちと同盟相手が合流し、ストーリーが一区切りを迎えます。

記憶の拾因との邂逅

前回でヨウの記憶を覗いた際にティトールが垣間見て、生存を決心するきっかけとなった光景の詳細が明かされました。それは3人目のヨウの記憶であり、彼らや3人目のティトールが平凡で幸せな日常を過ごしている記憶です。理屈で予想できた内容でも、絵としてその光景を見せられると感慨もひとしおで、戦略目的は達成したにもかかわらず無謀な戦いを続けていたティトールが気持ちを変えるに至った理由がよくわかりました。また拾因も、自分の世界で仲間だったティトールとの縁からこちらのティトールを彼なりに気にかけていたとわかり、しみじみとしました。打算や羨み、そして希望とともに遺した言葉を拾因がティトールに伝えられたことは、2人にとって確かな救いだったと感じます。

平凡に暮らしているという第3のティトールとは違って、拾因の世界のティトールはいつもの世界のティトールとよく似ていたそうです。拾因の世界のティトールもヨウ(拾因)・ミュフェ・クーの反応を見る限りでは有名人だったようですし、原皇を継ぐまでや継いでからしばらくの経緯はほとんど同じなのかもしれません。だとすると、ヨウが大人になった頃に聖国真類とその他のエリンたちが一丸となって人類と全面戦争するに至ったこと、ティトールの本体が1人でマグメルで暇をしていたこと、ヨウと出会い人界に避難してきたことなどの点から、あちらのティトールはエリンたちが勢力を越えて同盟を組むにあたって原皇の地位を追われていた可能性が考えられます。

再戦の予感

ティトールは神明阿アッシュ・ハーマ・ヘクスから逃れるため、ヨウの因果限界を利用します。能力の成長が足りず小さすぎて使えなかったものの、実は神明阿アススとの戦いで既に因果限界にも目覚めていたのだそうです。確かに回想のとおりに第71話でヨウはティトールに「君の役に立つかもしれない物が二つある」と言っていましたね。ティトールの幻想構造でヨウの能力と記憶を利用可能にし、因果限界の小ささを補うために神の見えざる手で巨大化し、さらにティトールが体を捨てて首だけになり、因果限界を通ってヨウたちの元に到達して体を完全構造力で再生する、というアイディアにはなるほどと唸らされました。複数のシステムを組み合わせて思わぬ利用法を見せてくれる面白さは、ゲームで仕様の盲点を突いたコンボや裏技を知った瞬間の快感に通じるものがあります。

ちなみに、11Pでティトールがアッシュ・ハーマ・ヘクスに対して言った「バーイ」は、中文版では「回见。」です。「回见」は日本語の「またね」に相当する別れの挨拶で、近いうちの再会を約束するニュアンスが強い言葉です。ティトールはこの場こそ退いたものの、再戦して3人に借りを返したい気持ちがありそうです。また、今回のサブタイトルの“また…”も、中文版では「回见」です。

第53話の回想を再び回想するコマもあります。ここで触れている摂理とは構造者は現実構造か幻想構造のどちらかにしか目覚めず、他人を完全には理解できないのと同じく他人の構造を理解することもできないという原則です。ヨウは摂理の超越によって別の世界の自分たちとその自分たちの構造を断片的ながら理解し、3つの構造能力を使用しているのです。描写から推測するに、主人公であるヨウが現実構造者であり、拾因こと黒い瞳のヨウが幻想構造である因果限界の本来の構造者であり、第3のヨウと思われる少年が幻想構造である神の見えざる手の本来の構造者のようです。ただし、摂理を超越する方法そのものについては未だに明確にはなっていません。「それ」を理解することが摂理を超える方法であり、一見は簡単そうに思える方法のようですが、この「それ」とはなんなのでしょうか。

仲間たちの合流

完全構造力で傷を治したティトールとヨウ、クーの3人がそろい、黒獄小隊に立ち向かいます。宙を舞う生首が因果限界を越えてきた瞬間の黒獄小隊の驚愕ぶりが面白く、満を持しての逆転劇が始まるワクワクを感じさせてくれました。19Pでヨウとティトールがそれぞれぺろっと舌を出しているのも楽しいです。再生を果たし五体満足なティトールの見開きは起死回生の嬉しさと全裸の嬉しさが噛み合って抜群の相乗効果です。3人が黒獄小隊の面々を殺害していく描写の容赦のなさには痺れるばかりです。散々苦しめられた借りが返せる爽快感がある一方で、主人公のヨウたちも敵の黒獄小隊も目的はともかく取れる手段は同じ暴力に過ぎないということを包み隠すことなくさらけ出してくれます。黒獄小隊にとってはティトールもクーも巨人化したヨウも化け物でしかないという真実が絵によって語られ尽くしています。

カーフェが地下に潜ろうとしたその時にリヴの死亡により幻想構造の空間が解かれ、ヨウたちが解放されます。カーフェを追跡していたラーストとトワ、さらに地下からモグラ型の生物に乗って追跡していたサイとミュフェたちも加わり、聖国真類の救出隊とヨウたちが合流を果たすシーンにはテンションが上りました。ヨウが望み、ティトールも同意した聖国真類とフォウル国の同盟が遂に現実のものとなろうとしていて、胸が熱くなります。流れで本体を人質に差し出す条件を飲むことが決定的になり不服そうなティトールも可愛いです。また、黒獄小隊に利用された山行類の子供たちが空間から出たところもちゃんと描かれているのが嬉しいです。気絶したまま激しい戦闘に巻き込まれて心配だったのですが、さすがエリンだけあって大丈夫そうです。

再会を期さず

黒獄小隊は追い詰められ、自分の構造を駆使してもこの場の全員が生き残るのは不可能な状況だとカーフェは判断します。ここでカーフェが同僚を見捨てて逃げそうな演出が一旦なされ、「さよならです 同僚の皆さん」という内心の独白まで書かれながら、次の瞬間カーフェが自分の命を捨てて同僚たちを助けるといういい意味で驚く展開になるのが心憎いです。同僚たちの心からの悲しみや、その上でカーフェの選択を受け入れようとする覚悟が伝わってくるのにも、彼らの戦闘部隊としての結束の強さを感じました。「貴方達に負けて 光栄ですよ」という最期の言葉も格好が良いです。そんなカーフェをラーストが名を覚える価値のある相手と判断してくれたことが嬉しいです。ラーストの誇り高い戦士としての株もグッと上がりました。

この「さよならです」は中文版では「再见了」です。「再见」は字義上では再会を約束する言葉ですが、中国語では最も一般的な別れの挨拶でもあるため、字義から離れて再会を意図しない状況でも普通に使うそうです。だからカーフェのこの「再见了」は「さよなら」というプレーンな別れの挨拶で訳すのが適切なのでしょう。「回见」と「再见」は字義はほぼ同じですし、使い分けを意識しない場合がほとんどだそうですが、わずかにニュアンスが異なることもあるというのが面白いです。なお、再会できないことを明確に意図する別れの挨拶には「永別了」がありますが、死別のニュアンスさえ含む強い言葉なのであまり使わないようです。第39話の回想でクーがヨウに告げた「さらばだ」が、中文版では「永別了。」です。

この場面でカーフェは敵に情報が漏れるのを防ぐために体内に仕込んでいた毒で自決するという定番ながらいかにもプロらしい行動を取っています。54Pで毒のカプセルを噛む瞬間がさり気なく描かれているのが丁寧です。脳死することで誰にも奪わせなかった記憶、それを最期にカーフェは垣間見ていて、内容が色々な意味で面白かったです。まずカーフェは少年のうちから既に「若様」のために様々に働いてきたことがわかりました。神明阿一族の紋章のネックレスをしているカーフェが、複数いるという一族の血を引く強力な構造者の中に含まれているのか定かではありませんが、おそらく生まれからして神明阿一族と縁深かったのでしょう。若様と一緒にゲームで遊んでいただけでなく、ちょっとした駆け引きを含んだ会話も打ち解けたものです。もしカーフェが死んだらという話題で、若様が神明阿一族らしく感情を通わせきれないはずの自分なりの悼み方を考えるだけでなく、人間らしくカーフェと心を通わせ合うはずの仲間たちにも言及していることに、確かな心遣いを感じました。カーフェが彼なりの絆と信念に基づいて黒獄小隊副隊長として行動していたと確信できます。若様が一族に代々伝わる服装をしているのに対してカーフェが今どきの服装をしているのも良いですね。

ところでこの顔立ちがぼかされている「若様」とは誰なのでしょう。ダーナの繭編において「若様」と呼ばれていた人物は左の手の平に神明阿一族の紋章がありましたが、今回の「若様」は左の手の平の描写がありません。それどころか左側頭部に神明阿一族のものに似た模様が浮かんでいます。この模様はブレで判別しにくいだけで神明阿一族の紋章なのか、それとも別の紋章なのかが気になります。強いてより近いものを探すならカーフェの構造の紋章も神明阿一族の紋章を崩したようなデザインであり、この「若様」の左側頭部の模様とよく似てるかもしれませんね。この「若様」とダーナの繭編の若様がもし同一人物なら紋章が2箇所ある特別な体質の可能性がありますし、別人ならこの「若様」は当主の跡目争いで退いたかつての第一候補の可能性があります。神明阿アミルはもちろんルシスも神明阿一族と思しい描写が多く、カーフェの回想は2人の正体を考えるにあたって重要な材料になりそうです。2人のどちらかが次期あるいは現当主でもう片方が黒獄小隊隊長であることは確定的なものの、それ以外はまだほとんど不明なのです。