群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第92話感想 ~未来へつづく

第92話 “また…”後編 89P

中文版では第二部の最終回です。日本語版では中文版でいう第一部と第二部の区切りがないので、今回で第一部完という扱いになっています。

中国で『群青のマグメル(拾又之国)』の条漫版を配信している『快看漫画』にて、最終章である第三部が予定されているというアナウンスがありました。日本で最終章の配信が予定されているかどうかのアナウンスはいまのところありません。公式の続報が出次第このサイトでもお伝えしたいです。

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前後編の後編にあたる回です。今回だけでも89Pと部の最終話にふさわしいボリュームです。前編で終わったバトルの後始末が中心となる内容ですが、思わぬ真相の発覚やドラマの進展があって興味深く読み進められました。謎が整理されたことで未解明の部分やこれから取るべき対策も明確になり、次の展開がますます楽しみになりました。

整理したい伏線が大量にあるのですが、長文になりすぎてしまうため、今回の感想では軽く触れるだけにしておきます。後で改めて伏線についてまとめます。

神明阿部隊の今後

まず前回打ち倒した黒獄小隊の生き残りの顛末が語られました。生き残りの脅威と追跡のコストを天秤にかけ、追跡をひとまず捨て置いたことは、確かに真類にとって賢明な判断でしょう。とはいえ、生き残り全員がやすやすと生還できたわけではなく、安全圏に出るために犠牲を払ってでも困難を乗り越えていくことになりました。いかにも探検漫画らしくてドラマチックな展開です。間男であるバールが、寝取った人妻とお腹の子供の未来を本来の夫であるボーガンに託し、囮となるべく死にに行くシーンにはグッとしました。バールの提案にボーガンが言葉でなく黙って拳を握ることで応えたというのも渋くて素敵です。次のページではその拳でボーガンが小さくガッツポーズを決めているという身も蓋もないオチがつくのですが、それも込みで心に残る場面です。

本当に生き残れた5人は未来予知の構造の使用後に衰弱しきっていた瞬とも合流を果たし、行動の悪どさの割にかなり甘い結末を迎えています。ただ手段の悪どさの点ではヨウたちも相当なものであり、善悪に線を引ききらないことがこの漫画の作風でもあります。今後の彼ら、少なくともボーガンはマグメルから手を引いたほうが身のためですが、それを彼らが望むかはわからず、それが許される立場かも不明です。今後の身の振り方が気になります。

黒獄小隊隊員ながらも第4要塞に配属されて蚊帳の外に置かれていたリーたち3人は、黒獄小隊と第4要塞が壊滅されたリベンジに燃えている様子です。

エスタの巣から生還した5人、瞬、第4要塞の3人、フェルミオン、隊長の合計11名が現在の黒獄小隊の生き残りです。

リーたちに対し、同じく第4要塞に配属された一徒たち4人は、背を向けつつ冷めた視線を送っています。襲撃を受ける中で、戦闘でなくあくまで探検を望んでいたことや最上位の構造者との圧倒的な実力差を自覚したため、神明阿についていけないと感じたのかも知れません。こちらも今後の動向が楽しみです。

神明阿ルシスと神明阿アミルの野望の行方

黒獄小隊副隊長であるカーフェの死の知らせは、現代の神明阿一族の筆頭である神明阿アミルとルシスの下にも届きました。彼らが控えめながらも確かな無念さを滲ませているのにジンとします。

また、前回の回想でカーフェが「若様」と呼び、左側頭部に目玉のような紋章があり、カーフェが死んだら自分の目に玉ねぎを押し当てると言っていた人物は、ルシスだと確定しました。詳細に猫写されて気付きましたが、左側頭部の模様はルシスの現実構造の紋章を2つ合わせた形になっていますね。さらに左の手のひらに神明阿一族の家紋がある「若様」もルシスだと確定しました。ルシスはダーナの繭編で「若様」と呼ばれていた男性とも同一人物のはずです。ルシスを指していた「若様」は中国語でも同じ意味の「少爷」であり、ルシスが神明阿一族の現当主か次期当主、あるいは現当主の息子であるのは間違いないです。

一方で、日本語版ではアミルも「若様」と呼ばれていますが、中文版ではアミルは「少爷」とは呼ばれておらず、「长官」あるいは「阁下」と呼ばれています。つまりアミルは現当主でも次期当主でもないはずですが、神明阿直属の軍隊で高い地位に就いていることは明らかです。

ここで気になるのが黒獄小隊隊長の正体です。ティトールは謎の人物である隊長の正体をルシスと推察していますが、確定的な証拠はありません。むしろ今までに出たアミルとルシスの情報からすると、若様であるルシスの補佐役が黒獄小隊隊長であるアミルだと考えたほうが自然な気がします。ただし、神明阿一族当主はマグメルで直々に部隊を率いるのが通例でもあるため、ルシスが若様でありながら黒獄小隊隊長の座に就いている可能性もあります。その場合、アミルはルシスの暴走を防ぎ身命を守るために、黒獄小隊隊長と同等以上の立場、たとえば全軍を統括するような立場に就いているのかもしれません。

空想之国の時間軸

そしてこの場面の同時刻、マグメル深部にもルシスと全く同じ外見をした神明阿一族が1人います。彼は日本語版では「クソ神明阿アミル(現在はクソ神明阿ルシスに修正済み)」と呼ばれ「クソ神明阿」に感心したことになっていますが、中文版では「未神明阿路斜眼」と呼ばれ「路斜眼」に感心しています。路西斯がルシスの中文版の表記であり、斜眼とは斜視・流し目・横目という意味なので、「未神明阿路斜眼」はいつも横目を走らせている神明阿ルシスの中文版でのあだ名だと考えるべきです。こちらの神明阿ルシスは第三のヨウと同じ時空間の住人であるルシスのようです。この時空間には構造者がヨウ・ゼロ・ルシスの3人しかいないそうですし、ルシスも構造能力の知識がほぼ無いようです。この時空間のマグメルで大きな戦争が無かったのは、いつもの時空間以上に構造能力者が希少だからかもしれません。

今回だけでなく第53話でも第三のヨウの特訓に付き合っていたのはこの神明阿ルシスですね。闘う理由さえなければヨウとルシスは変人同士馬が合いそうですし、少爷(ご主人)と少爷(若様)同士でもあり、友人になれそうです。3人の意地の悪い掛け合いは面白いです。一緒にピクニックしているのも楽しそうです。

『群青のマグメル』は手段の点では敵も味方も同じく凶悪なので、時空間の条件さえ異なれば手を組む相手が変わるということを描くのも、善悪を相対化する話の内容に合っています。ただしだからこそいつもの時空間の神明阿ルシスは絶対的な敵ということになるのでしょう。拾因曰く野望を達成されると世界が滅んでしまうそうなので、いつもの時空間の神明阿一族は何があろうと阻止する必要があります。

第三のゼロによれば、彼らの居る時空間とは、世界という独立して存在するものでなく、「ダーナの繭」という自然現象と同列に存在するもののようです。ダーナの繭は中文版では「空想之国(空想生态国・空想国)」であり、『群青のマグメル』の中文版での原題は『拾又之国』なので、複数の時空間が同時に存在する世界観の謎の根幹がダーナの繭・空想之国にあることは間違いないでしょう。以前の説明ではダーナの繭・空想之国は長くて数ヶ月で自然消滅するとされていましたが、マグメルは空間も時間軸も歪められている場所です。ダーナの繭・空想之国の内部では宇宙の始まりから終わりまで経過したのに外ではほとんど時間が経過していないようなことだって起きるのかもしれません。拾因が他の自分の使う現実構造と神の見えざる手を理解した後で、いつものヨウと第三のヨウの構造能力を目覚めさせたらしい点について考えると、時空間同士の時間軸がループしていることにもなります。これも時間軸の狂いの表れということなのでしょうか。

ダーナの繭・空想之国の構造者はマグメルだといいます。ダーナの繭編ではあくまでマグメルの深部に大量に存在する構造力が自然構造を起こすことの比喩として扱われていましたが、マグメルの意識が女神のかたちで実在すると証明された現在からすれば、そのままの意味で捉えるべきかもしれません。聖国真類の創世神話によれば、世界そのものがマグメルの意識である女神の幻想から構造されているというのも意味深です。世界のすべてが女神の空想かつ幻想であるダーナの繭・空想之国なのかもしれません。

いまのところ、いつもの時空間の女神は構造されて最初に見た人間であるヨウに特別の関心があるようです。この関心は今後の展開に関わってきそうです。

同盟締結に向けて

一方で、いつもの時空間のヨウたちは聖心祭で強者会入りをかけたトーナメントを観戦しています。闘技場のクー、観客席のヨウ・ティトール・ゼロ(体)・トトと、主人公側の第二部でのメンバーが久しぶりにみんな揃っているのを見れて嬉しいです。クーとトワの対峙は両者ともにいかにもな不遜ぶりが面白いです。トワは同盟に強硬に反対する以上負けて強者会から脱落することが明白な損な役回りですが、その分黒獄小隊追跡の際に憎めない面もあるところを見せてくれています。堂々としている反面わかりやすい性格なので、後腐れの心配なく打ち負かせるのがいいですね。観客席でクーの人気ぶりにヨウが焼きもちを焼いて、ティトールがからかい、トトが真面目なこと言って2人からイジられる、という一連のやり取りは実に和みます。シンクロしたリアクションをとっているティトールの本体と端末のゼロも可愛いです。Wティトールには不思議なお得感があります。人質として簡素な服を着せられているのも、今までの格好から落差があって楽しいです。ティトールが現在の罪と体と記憶を背負ったまま生き続けることを決意してくれて本当に良かったと思いました。

ヨウとティトールの贖罪

ヨウとティトールの会話は息の合いっぷりが楽しい一方で、両者ともに内心では相手の真意を探り合いつつも、ちゃんと信用し合ってもいるという複雑な駆け引きが行われています。痺れる会話劇です。ヨウのティトールへの評価と照らし合わせて、拾因の時空間のティトールは元原皇だが退いていたために同行者になったという仮説に確信が持てただけでなく、実はそれすらも神明阿と聖国真類を潰し合わせる策略だった可能性が濃厚になり、唸らされました。結果としては拾因の時空間のティトールは敵も味方も自分さえも全滅し、策士策に溺れる結末になってしまったわけですが、それでも利己的な策士であるティトールらしい図太さが感じられて面白いです。多少は殊勝な面もあるとわかったからこそ、根底の図太さが生々しく引き立っています。いつもの時空間のティトールは各勢力の力量を正しく把握できたので、利己的だからこそ、ヨウたちを裏切らないはずです。

先代原皇が聖国真類を裏切った経緯とその後の死についても、表向きの記録とは異なる真相が明らかになり、とても興味深かったです。先代原皇から娘のように可愛がられて力をつけながらも、一族を全滅させられた恨みを忘れず、得た力で先代原皇を一族ごと滅ぼして復讐を果たした、というティトールの過去は強烈です。先代原皇の記憶を覗いて優しさが本物だったと知ったことも、先代原皇が遺言でもティトールを直接責めずに自分が悪かったと口にしたことも、なおさらにティトールを救いがたい存在にしています。本当に悪かったのは誰かという自問自答で、ティトールの端末化の能力や、一人称の変化がギミックとして活かされているのが面白いです。ちなみに日本語版では中文版からティトールの一人称が改変されているので、一人称の変化の流れもアレンジされてるのですが、ちゃんと日本語版なりに意味が通じるように調整していて素晴らしいです。

そんな救いがたいティトールを、ヨウが警戒しつつも確かに信用すると決断したことには胸が熱くなりました。ティトールにとっても自分にとっても、もう仲間を失わないことが過去を償いやり直すための最後の機会だとヨウは信じています。これがダーナの繭編の最終話で拾因が呟いていたと判明した「贖罪」という言葉の意味ではないでしょうか。拾因はダーナの繭・空想之国だけでなくマグメルの各地に因果限界を遺しています。これらはヨウたちの未来のためにきっと何か役立つのでしょう。

『群青のマグメル』の未来

また、未来はこの漫画の登場人物全てにも訪れます。最後のシーンでこれまでに登場した人物のほとんどの出番があり、活躍の有無は置いておくとして、彼らにも未来があることを示してくれたことで温かい気持ちになれました。人界でティトールの端末と出会った青年にも前半部分と合わせてそれなりの区切りが用意されていて嬉しいです。ムダジはまだ捕らえられたままですが生還の可能性は残っているはずです。田伝親父やエミリアといった久しく登場がなかった面々も元気そうです。

ティトールが人界で描いた絵本の最後には「つづく」と記されていました。ティトールもヨウたちも『拾又之国』も、まだまだ未来はつづいていくはずです。そしてできれば『群青のマグメル』もつづくと信じたいです。