群青のマグメル ~情報収集と感想

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群青のマグメル第90話感想 ~さざなみの広がり

第90話 そして物語は 102P

ページ数も内容も盛りだくさんな回です。静的な演出で陰惨なティトールの過去が語られた前回から一転して、今回はテンションの駆け上がるようなバトルと現状打破が中心となります。また前回は火がティトールの心情を表すモチーフとして扱われていましたが、今回は水にフォーカスがあたっています。

最初の波紋

ティトールは人界で自伝的な内容の絵本を人間の男性に読んでもらって意見を求めます。この男性による絵本の主人公評はそのままティトールの客観的な評価と考えてもうなずけるもので、興味深く読めました。それを静かに聞いているティトールの様子のしおらしさにも惹きつけられます。半生を振り返って本を描くという行動から察せるとおりにティトールが死を覚悟していたことも明示され、客観的には褒められた人格ではないのをわかっているからこそ、彼女の肩を持ちたくなる気持ちが強まりました。

ティトールが過去を思い出しつつ水切りをするシーンのノスタルジーにも胸を打たれます。マグメルに住むエリンの前世類にも水切りで遊ぶ風習があるというのは彼女たちの生活をぐっと身近に感じさせてくれました。「…遠くへ進めば進むほど 最初の波紋は綺麗に消える」という言葉からは、性根こそ変わらずとも、幼い頃の生活とは全く隔たった場所に至ったティトールの悲哀を感じます。もちろんそれは彼女なりに前へ進んだ結果でもあるのですが。

定石ですが、話の冒頭で今回を通じて使うモチーフに具体的なエピソードを示してくれたのは嬉しいですね。モチーフによる隠喩はややもすると観念的になりやすいだけに、こうしたひと手間によってちゃんと地に足のついた実感のある描写として受け止められました。

水の龍と刃

ティトールの本体は若返った神明阿の当主と戦闘を繰り広げます。第88話では神明阿ヘクスが完成度1万%の水を構造した瞬間から時間が飛んでティトールの首が飛んだ瞬間に移っていて、その間の攻防が今回で明かされました。死を覚悟したティトールが部下に部隊の解散を告げた場面には、第71話で彼女が語った初代原皇の最期が思い起こされました。その時の「聞いてて思ったけど 君 先代と結構似てるね 同じ結末にならなきゃいいけど」というヨウの言葉もです。

ティトールと当主たちの戦闘には息を呑む迫力があります。ヘクス視点での水の龍と刃という大技が連発される臨場感あふれるパートと、冷めきったティトールの視点による戦いに身を置きつつも一歩引いた寂しげな緊張感の漂うパートが交互に描かれていて、トーンの対比に心を掴まれました。同時進行する人界での会話の場面や、第88話でも描かれた場面が効果的に挿入されているのにも見ごたえがあります。現在の多方面で展開する複雑な状況がティトールを核に収束していく予感が高まります。

バトルでは見開きによる演出が贅沢に連発されていて、いずれも素晴らしい迫力です。静かに水切りの波紋が消えていく様子と、血や水や地下空間壁面のブレが連続しながら場面が切り替わる様子にそれぞれ1Pずつ費やしているのもかなり思い切った印象深いページの使い方です。直前のティトールの左手と右足が切断された見開きの衝撃の余韻に十分に浸ったまま、彼女の絶望の深さが心に刻まれるのを感じました。

流れの外で

この錯綜した状況の中、良い意味で明確に邪悪なカーフェと、人質救出という大義名分がはっきりした強者会による追跡アクションは、余計なことを考えずに楽しめてスッキリできます。カーフェの癖のある言動はいちいち面白いです。敵に対して信念は尊重しつつも生死については容赦しない作品であり、カーフェが彼らしさを保ちつつ相応の報いを受けるだろう展開が信頼できるので、なおさらに安心して敵の邪悪さを面白がれます。子連れクエスタ達の群れに榴弾を打ち込む一部始終のの清々しいクズさがイカしてます。第38話で手に入れた完全構造力がちゃんと活用されたのも嬉しいポイントです。
ここで挿入されるクエスタの巣についてのうんちくがいかにもファンタジー探検ものらしくて興味がそそられます。間に解説パートが挟まっていても、テンポが一定に保たれているのでアクションシーンで高まったテンションが途切れることがありません。映像的な演出を眺める楽しさと、文章を読んで理解を深める楽しさの両立がしやすい漫画の長所が引き出されているのを感じます。解説をそれだけで終わらせずに直後の展開と絡めているのも流石です。

また、激怒した親クエスタ達の威圧感には眼を見張るものがあり、1人で牽制できると冷静に判断したラーストの実力者ぶりも頼もしくて好印象です。

合流する3人の運命

本筋とも言えるヨウのパートでは、第87話に引き続いて黒獄小隊の攻撃を凌ぐ決死の状況が描かれます。ティトール以外に協力を頼める相手がいない中、どうにか危機を脱しようとしていたヨウがいよいよ本当の絶体絶命に陥ったところで、意識を取り戻したクーが助太刀に入った瞬間にはシビレました。ここでヨウが死ぬはずがない展開とはいえ、絶望感が最大限に高まったところでのすかさずの起死回生はひたすらに気持ちがいいです。

数十秒の隙があればヨウには取れる策があるらしいこと、カーフェに追手が迫っているとい付いたこと、リヴが倒れれば泡沫の遊びの空間が消えることなど、クリアすべき条件が明確になり、いよいよ逆転まであと一歩です。時間を稼ぐためにクーが極限出力で黒獄小隊と構造の応酬を繰り広げるシーンは、見開きの迫力もあり本当に格好いいです。この間にヨウがティトールに体を奪わせたことが、どう作戦として活かされるのかが楽しみです。

さざなみは消えず

ヨウの体をティトールに奪わせて記憶を見せるという提案は、第59話でもヨウの側から持ちかけられていました。その時ティトールは嫌な感じがして提案を一旦退けています。なぜヨウは体を奪われても問題ないと判断したのか、ティトールの抱いた嫌な感じの正体とは何か、その答えが今回明かされました。

ヨウはティトールに記憶を見せることで彼女の一族の存在を証明でき、彼女の考え方を変えられると信じているようです。現在のヨウは拾因こと第33・34話の黒い瞳のヨウの記憶も持っており、そちらのティトールは原皇の地位に就かなかったか退いていたかしていてヨウの仲間になりました。対して、こちらのティトールは現在の生き方に絶望を感じつつも、第66話のとおりに積み上げてきた自分から変わることを恐れてもいます。
ヨウの言うティトールが前世類の最後の1人でないと証明するということが具体的にどういう意味なのかはまだ不明です。ヨウのモノローグからするとこの世界に前世類の生き残りがいるという意味ではなさそうなので、せめて別の世界では前世類が存続していることを教えて希望を持ってもらいたいのかもしれません。この世界にはいないけれどもこの世にはいるということになるのでしょうか。黒い瞳のヨウの世界のティトールは原皇ではなさそうな点から、あちらでは前世類の生き残りがいたか虐殺自体が無かったかの可能性を考えましたが、ヨウのモノローグによればあちらのティトールも孤独だったようなのでやはり生き残りはいないはずです。第一あちらは世界自体が既に滅んでいます。そうすると生き残りがいるのは、第3のヨウによって存在が示唆されている第3の世界で暮らしている前世類なのではないでしょうか。

ちなみに第71話の日本語版で

「その頃のアタシは青春真っ盛りのピチピチの若者で 一族と一緒に暮らしてた」

となっている部分は中文版では

「那时朕在自己这一族类,还处于未成年的状态。」

です。「在」には複数の意味があるのですがこの場合は「その頃のアタシは自分の一族では まだ未成年の状態だった」と解釈するのが適当だと思われます。

具体的なことはまだ不明瞭ながらも、ヨウの記憶を覗いたティトールが孤独を癒やされ未来に希望を抱けるようになったシーンには胸が熱くなりました。ティトールとそれに通じるヨウの孤独そのものはこれまで丁寧に描写されてきたからでしょう。また、仲間に置いていかれて孤独に苦しみつつも別の自分達の未来を垣間見ることで生まれたティトールの希望とは、拾因の抱いていた希望と似通うものでもあります。この場面でティトールが宿った瞬間のヨウの目が拾因を彷彿とさせる眼光になっているのは面白い演出です。ただし希望のために死へ臨んだ拾因とは違い、ティトールは自分の物語にそれらしいだけの結末を迎えることをやめて、希望のために貪欲に生きると決意してくれたようです。

拾因がヨウに託した希望は、ヨウだけではすぐ消えるさざなみ程度の変化しか起こせなかったかもしれません。しかしゼロやクー、ティトールなど多くの仲間たちと変化を波及させ合うことでこれまで多くの予定調和を破壊する波乱を引き起こし、そして乗り越えてきました。

第88話でティトールの首が切断されていたのも何らかの勝算がある上で自分で行ったことだとわかりました。ティトールは首だけになっても即死しそうにはないので、完全に死ぬまでの間に完全構造力で体を再生できれば問題なく戦えるはずです。体を新しくして傷の完全回復を図るのかもしれませんし、それ以上の意味があるのかもしれません。とにかく次回が待ち遠しいです。