群青のマグメル ~情報収集と感想

『群青のマグメル』と第年秒先生を非公式に応援

群青のマグメル第71話感想 ~王を継ぐ前の彼女たち

natalie.mu

第71話 旧友 24P

扉絵はハートのキングになぞらえられたティトールとウェイドです。ハートとはいえトランプでは2番目に大きい数のクイーンでなく1番目のキングだというのが彼女たちらしいです。今回はそんな2人が王になる前の過去の一端が明かされます。
なお、最後のページのアオリ文の「不亦楽乎」は論語の「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。(友人が遠方から訪ねて来てくれる。なんと楽しいことではないか。)」の後半部分の原文です。

150年前の三大勢力

これまで断片的に情報の出ていた150年前のフォウル国・神明阿一族・聖国真類の紛争の概要が明らかになりました。

まず、当時のフォウル国の対外的な行動や計略は現状とほぼ同じものです。先代の王の一族は真類に滅ぼされたということからティトールとの間に血縁は無いのですが、国家だけでなく方針まで継続させていることになり、なかなかに興味深い姿勢ですね。三者痛み分けではあったものの、戦争を仕掛けながら勝利できずに殺害された初代原皇の政治体制を捨て去る道をティトールは選ばなかったのです。エリンの頂点を目指したのは彼女自身の野心によるものでしょうが、二代目原皇として部族連合体制を維持し負債をも背負ったのはそちらの方が得策だと判断したからなのでしょうか。

現在のティトールとヨウ

先代原皇の後継者としての自分をティトールがヨウに語ったことは2人の関係において重要なポイントです。他人や社会をあまり気にしないヨウには、ティトールの話も戦争の深刻さよりもかつての身内と同じ夢の実現を目指すティトールの姿勢の方が心に留まったような態度を見せます。拾因の後継者としては自らに通じる話のように受け取ったとさえ思えます。
死後に偲んでいるからという面はあるにしろ、「自分が悪かった」という遺言への悪態と感慨の滲ませ方を見るに、ティトールも仕えていた先代へは個人的な思い入れがありそうです。自ら新しい国を作るより継承することを選んだのも、あるいはそうした感情が関わっているのかもしれません。回想からすればティトールには殺害された家族がいたようですが、先代との関係を考える上ではそのタイミングが気になります。家族が殺害されて敵と戦うために先代の幹部になったのか、幹部として活躍する中で家族が敵に殺害されたのか、それ以外なのか、気になります。

また、後継者ながら悲劇の繰り返しは回避したいヨウからは、先代と同じ結末に至りかねないティトールは危なっかしく見えているようで、控えめながら警告と手助けの提案をしています。ティトールの結末がどうなるかは結局は彼女次第ですが、やはりヨウとしては一応でも仲間であるティトールに破滅してほしくはないのでしょう。

150年前と現在の彼女たち

150年前のウェイドがまだ当主を継いでいなかったことや若かったとはいえ白髪の目立つ年齢に差し掛かっていたことなども新たな情報です。当時のティトールとウェイドは若者と老いの陰りつつある女性という間柄で、現代でも結果的にそれに近い肉体年齢の差があります。それがウェイドの若返っている今は、2人とも同じだけ若々しいかことによれば外見年齢の差が逆転しているようでさえあるのが興味深いです。また、この回想でのお茶を飲んでいるときの作法や能力の説明のイメージ画像での雲気の描かれ方、武侠で定番の大量の剣を気で射出する技に似た能力など、ウェイドが中華圏の影響を強く受けている人物なのが改めて確認できます。能力そのものも中華圏的な要素が多いですね。四宝真仙だった時の構造の詳細についてはティトールも熟知しているそぶりで、2人が旧知の仲であることが伝わってきます。

あとあまりツッコむと野暮になる部分ですが、2人が新たな構造である“丹”について探り合っている時に、ティトールが丹というものについてどのくらい知識があると想定して良いのかということは少し気になりました。ウェイドの若返りに衝撃を受けていない点からすると丹の効果についてはティトールも見当がついているようですが、現象から察しているだけなのか丹・錬丹術の知識があって考えついたのかは作中の描写からはまだ判断がつかないです。今回のラストはウェイドの頭部が両断されるという衝撃的な引きですが、丹が不老不死の薬だと知っていて丹の構造だけ説明がないのに気が付いた読者目線からすれば本当に決着がついたのかが疑問に思えてしまい、ティトールの視点からはどう捉え得るものなのか知りたくなります。エンタメ作品では基本的に作中の言葉や文化の違いを考えすぎないのがお約束ですが、自分もこの作品の作者とは違う文化圏に属する人間なだけに必要以上に興味が湧いてしまうところがあります。

群青のマグメル第70話感想 ~丹と黒髪

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第70話 対峙 24P

神明阿一族の第四要塞対フォウル国の戦闘が本格化します。まず一般戦闘員同士の命懸けながら前哨戦的な衝突から始まり、戦闘員を圧倒する神明阿ウェイドを描写する中盤、そして両勢力の頂点同士の激突を予感させて次回への引きとするラスト、と構成が整った回です。

扉絵は第43話のヨウとゼロが世界を巡っていたときの回想ですね。本編で2人に出番がない回の分、ある意味での空中戦繋がりでの出演ということでしょうか。

漢字という表意文字

前回を読んだ限りではウェイドの能力は盾の漢字が刻まれた盾の幻想構造だと思っていたのですが、今回の話からそれは能力の一部でしかなかったことがわかりました。どうやらウェイドの能力とは漢字一文字で示される意味とそれを具体化した構造を行使する力のようです

「盾」に続き、「剑」(剣の簡体字)と「丹」の漢字の力が使われました。「剑」は剑の文字が鍔に刻まれた柄の構造を持ち、対象を切断する力です。この切断は自動的に空間の一定部分を切り裂くというより、見えない刀身か出し入れ自在の刀身があってそれを構造の操作や体術で振るうことで起こると考えたほうが良さそうです。20Pのウェイドの周囲に浮かぶ5つの力の塊のうち2つは明確に柄と盾であり、力を行使できる漢字の種類もこの5つで全てかもしれません。今回のラストから繋がるだろう第68話のラストでウェイドの背後に浮かんでいる力の塊の数も5つです。組み合わせて熟語や文章を作るといった文字の能力でよくあるような使い方は今のところなさそうに見えます。ただ、実は隠した種類の力や応用方法があったりするのも能力バトルの定番なので、これからもバトル描写は細かいところまで目が離せません。

丹の思想

ウェイドの使った漢字で知識がないとわかりにくいのは「丹」の力ですね。丹の持つ赤色という意味については今の日本でも丹頂鶴の丹としてよく知られていますが、元々は硫化第二水銀という赤い鉱物を指す漢字です。そしてこの硫化第二水銀・丹とは中国で長年不老不死や若返りをもたらす薬の原材料だと考えられていたものです。中国で不老不死を目指す神仙思想が長く関心の的となり、それを発展させた道教が根強く信仰されていたことは周知の事実でしょう。直接の信仰はほぼ失われた現在でも、その影響は文化として間接的な形で、あるいはファンタジーの題材という形で息づいています。

以下少々余談となりますが、不老不死の薬である丹薬・仙丹を製造するための技術は錬丹術といい、日本ではおそらくこちらのほうが有名な西洋の賢者の石や錬金術とも密接な関係を持つものです。秦の始皇帝が不老不死の薬を研究するうち水銀中毒で寿命を縮めたという逸話は真偽はさておきよく知られていますが、その薬こそが丹薬なのです。この後も古代中国では不老不死を求めた皇帝が何人も水銀中毒で死亡し、丹薬を化学的な物体として調合する試みは下火となりますが、それでも丹薬という概念と探求の試みは生き続けました。代わって盛んになるのが人体を炉に見立てて気を練ることで体内での丹薬の生成を目指す方法論です。丹薬を体外で錬る術を外丹術として区別する場合、こちらは内丹術と呼ばれます。現在の気功や太極拳などの気の概念の関わる武術や健康法にまで繋がっています。

話題を戻しまして、20Pで「丹」の文字が出た直後にウェイドの若返りが始まったのは錬丹術の作用と見て間違いないはずです。16Pでいう薬も丹薬のことでしょう。薬=再生死果と解釈できなくもないですが、話の流れからして可能性は低いと思われます。ウェイドが薬の残量を気にしていることからすると、若返りの効果は一時的なものでなおかつ回数や合計時間の制限があるようです。再生産がもし可能だとしても、手間や時間を要する錬丹術の性質を反映していそうです。

ジャンプ系のバトル漫画で実力者の老女の若返りというと、力を高めると細胞が活性化して一時的に最盛期の肉体を取り戻すといったメカニズムを連想しそうですが、おそらくこの場合は違いますね。

黒髪

若返ったウェイドの姿は予想通りというより予想以上に美しいものでした。髪の色が黒なのも予想外ながら、若返りを視覚的にわかりやすく魅せてくれます。最終ページの憂いを帯びた流し目の色香を引き立てる効果も抜群です。

それにしてもウェイドはほぼ完全に西洋人だったアススやリリと比べると、目をはじめとした顔立ちや名前に一族としての連続性は残しつつも、漢字・丹・黒髪と東洋的な性質の影響も色濃く出ているように思えます。この違いとはコールドスリープに入った上祖の中では最も古く500年前に眠りについた209代目当主であるアススと、最も新しく150年前には若かった218代目当主であるウェイドの違いなのでしょう。つまりそれはユーラシアの西から東へアススが新たにたどり着いた地での、数百年に渡る神明阿一族の歴史の経過を反映した違いでもあるのです。

 

※次回の感想は私事により数日遅れる可能性があります。

群青のマグメル第69話感想 ~今人還た落花の風に対す

natalie.mu

第69話 小手調べ 24P

ウェイド対ティトールの戦いが始まります。前回のラストから少し時間は遡り、第67話のラストから繋がる回です。まだ互いに小手調べの段階ですが、2人のほのめかされる過去の因縁と、指導者らしく甘さのない判断に期待が高まります。

花の種類

ところで私は今までウェイドのことを、例えば『聖闘士星矢』の魚座アフロディーテのような美を誇る優男だと思っていたのですが、他の方の感想で女性と扱われているのを見て確かにその可能性が高いことに気が付きました。同じような言動をしていても男性と女性では意味も印象も全く別物となるだけに、これはとても重要な問題です。そこで改めて今回よく確認してみたところ、21Pの下段のコマなどで胸部に盛り上がりがあるのが見て取れました。布のたるみの可能性もゼロではありませんが、少なくとも現在のところ、ウェイドは女性当主だと私は思うようになりました。

また、沼のような空間を繋ぐ幻想構造は部下のもののようで、ウェイド本人は盾の幻想構造の持ち主ですね。核構造の爆風から要塞を周辺部ごと守りきった点からすると、盾の背後を守るだけでなく盾を取り巻くオーラ状の部分も含めて防御の対象となるのでしょう。

花と花

ウェイドとティトールが女性同士ということになると、2人の会話、とりわけ若さと美をめぐる会話からうかがえる関係の屈折は極めて興味深いです。まず皮肉込みの戦略にしろ仲直りの話題を出せ、古き友として互いの性格もよく把握していることからすると、やはり150年前の2人は単なる敵同士ではなかったようです。フォウル国が聖国真類を裏切り聖心に侵攻した事件の背景には、フォウル国の先代指導者とウェイドら神明阿一族の結びつきが関わっているのでしょう。そして当時はまだ小娘だったというティトールと若かったというウェイドは、その事件を生き延び、普通の人間ならばありえないだけの時間を経て再びめぐりあっています。ともに美しさを意識し、美しい顔立ちをした2人だけに、その秘められた関係を明かす回想が今から楽しみです。

花と人

現在、長命のエリンであるティトールは順当に成長し、女性としても構造者としても盛りを迎えています。一方、構造者とはいえ人間であるウェイドは、コールドスリープで生き長らえたとはいえ確実に老い、ティトールの若さと美しさを羨んでいます。ですが、ウェイドがこの場にいるのは彼女が若返りをもたらす再生死果を1人だけ摂取しなかったからだと考えると、この場面の彼女の感情が人間による長命者へのただの嫉妬という単純なものでないことが読み取れます。彼女は他の当主たちに先んじてティトールと接触するために、あえて老いた姿を晒すことを覚悟したのでしょうか?あるいは再生死果の出現時に発した「美しく生き 美しく死ぬ」という言葉には、例えば無理に時を遡るのを潔しとしないような、彼女なりの人生観がこもっているのでしょうか?その答えは2人が対峙した先にあるはずです。

2人の激突の他方で、第4要塞に駐屯中のリーたちや元ダーナの繭探検隊である一徒たちの久々のまともな出番があります。一徒は積極的に戦いに関われないことに不満を持ち何かしでかしそうな雰囲気で、これまでの独白を鑑みるまでもなくいかにも不穏です。ただ、この局面で動かなければ最後まで置いてきぼりになってしまうのがほぼ確実な状況だけに、未知へ命を賭す探検家としてはたとえどんな結果になろうと何らかの爪痕は残して欲しいところです。

群青のマグメル第68話感想 ~受け継ぐもの

natalie.mu

第68話 交渉 24P

原皇ティトールと聖国真類の強者会との同盟に向けた交渉が行われます。ともすれば退屈になりがちな場面ですが、各人の意見と立場がはっきり示されたことと同盟成立の条件が1話で明確になったことで複雑な状況がわかりやすく整理され、密度のある舌戦の緊張感が楽しめます。

扉絵の人間の女性はちょっと見覚えがありませんね。今後重要となる人物の先行登場でしょうか。もしくはさり気なく登場していた人物を、本編でまた出る前に再登場させたのかもしれません。

同盟の条件

同盟締結のため強者会の6人の出した条件のうち、4人の分は表向きでもティトールが検討を受け入れられるものでした。この中で個人的に面白かったのは宣誓を石碑に刻み各部族にも送るという条件です。第年秒先生のセンスもあって聖国真類の文化からは大陸のアジア的な要素を感じることが多く、この条件からも実際に中国周辺の多くの地域で多くの民族が多くの言語とともに残した石碑の数々を思い起こさせられます。中華圏では古来から歴史を記録し受け継ぐことを重視する傾向が強いとされています。

同盟の障害となるのは残り2人の分の条件です。ティトールは聖心祭での強者会のメンバー入れ替えの大会でクーを支援することを提案し、そこまでは私も予想していました。しかしクーを利用することにヨウが反対したというのは意外です。リアリストなヨウではありますが、現在はゼロを助けるために行動しているからこそ親しい相手を危険な目に合わせたくないようです。とはいえ強者会入りはクー自身の望みでもありますし、黒獄小隊の乱入もほぼ確実ですが、自力で1人は蹴落として欲しいところです。同盟締結の点からは、絶対反対の立場を取るトワと入れ替わりになれば交渉が前進しそうです。さらにヨウは残り1人のラーストの出した条件と原皇の面子を折り合わせる方法を考えており、ここが知恵の見せ所となるのでしょう。能力の封印に抜け道があることは今回の手枷とイヤホンの件で示されていますし、主人公の活躍にふさわしい面白いアイディアを期待します。

150年前の遺恨

ラーストの出した条件にしろ、カイン・サイ・ナイルの出した条件にしろ、焦点は150年前にフォウル国が聖国真類を裏切ったというある事件に置かれています。フォウル国が聖心に侵攻しようとのことですが、神明阿ウェイドとティトールが接触したというのですから神明阿一族も絡んだ事件のはずで、具体的に何が起きたのかがとても気になります。当時の指導者だった先代とティトールの関係にも興味がそそられます。黒い瞳のヨウとともにいたティトールが原皇の地位になさそうなことから私は今までティトールが原皇なのは生まれついての世襲ではないと考えていたのですが、強者会との会話のニュアンスからするに王朝交代のようなものは起こっておらず先代とティトールは血縁だと考えたほうが自然なように思えてきました。だとすると6Pの回想でティトールが抱えていた首は先代である父か祖父、あるいは後継者となるはずだった兄のもので、150年前の事件の直後の可能性が高いのではないでしょうか。ティトールの年齢は中文版では200~300歳なので、人間でいう10代前半と思しい回想の外見的にも妥当なはずです。23部族が22部族になったというのも、ティトールの一族が彼女を残して全滅して部族とは呼べなくなったことを指していそうです。黒い瞳のヨウの世界でティトールが最年長のエリンのひとりなのは、長寿だった彼女の一族の年長者がみんな死亡してしまったからでしょう。もちろん原皇は世襲でなく、先代の失策によりティトールの一族が滅亡したため彼女が簒奪者となった可能性も残されています。どちらにせよ黒い瞳のヨウの世界とこの世界のティトールの、負の面も含めたフォウル国を受け継いだかどうかの立場の違いには、150年前の事件の影響の仕方の違いが関わっているのかもしれません。

種族、一族、家族

現在種族としての最強は聖国真類ですが、個としての最強はティトールだといいます。そんな彼女が聖国真類に感じている嫉妬とは、聖国真類が一族として存続していることそのものに対するもののように思えます。聖国真類がおめでたい風習を維持できること、弱肉強食の世で自分たちの価値観を信じられること、それらを語るティトールはただ妬んでいるというより寂しげでさえあります。一族唯一の生き残りかもしれず原皇として孤高にあるティトールと、祭を前に賑やかに飾り付けられた里の様子や久しぶりの人間を面白げに見つめる人々の様子はひどく対照的です。

聖国真類はティトールの言う通り鼻持ちならず更に堅苦しくて交渉には苦労させられそうな相手です。ティトールが表向きながらヨウたちの味方なこともあり、ムカつくという彼女の感想は大いに頷け真類をやり込める手口にも期待したくなってしまいます。とはいえその傲慢さは事前の情報やクーの性格から予想できる範囲ですし、何よりも里にはいきいきと暮らす人々の営みがあります。飲み物を取りに行った先での生活感も印象的です。両者の納得の行く形でこの同盟の交渉が成立することを願いたくなります。もし今回は決裂したとしても、最終的には人類も含めていい落とし所が見つかって欲しいものです。それは黒い瞳のヨウの叶わなかった夢であり、現在のヨウが受け継ぎ、そして彼自身が叶えたい夢でもあるのです。

群青のマグメル第67話感想 ~悪役の生き方

natalie.mu

第67話 遺言 24P

黒獄小隊と原皇の本体の動向がメインとなる回です。主人公のヨウは社会的に善良な人間ではありませんし、聖国真類も完全に潔白な勢力というわけではありませんが、三大勢力の内の悪役としての役割を担う二勢力の掘り下げがあります。

任務の失敗

聖国真類と原皇の同盟成立を阻止するという任務を受け、カーフェ率いる黒獄小隊14名はヨウの暗殺を図りますが、早々に失敗します。聖国真類が人間如きを迎えに行くとは予想できなかったためであり、ヨウとクーの信頼、さらに連絡を繋いだ原皇と、現在のヨウの人間(とエリンの)関係が彼らの大きな力になっているのがうかがえます。8対2~3人という頭数の差もさることながら、名指しでクーが暗殺不可能な理由に挙げられていることは、そこから彼らの力量の格をおおよそ把握できて興味深いです。あと単純に嬉しいです。

死に臨んで笑う

カーフェたちは再度任務に挑むのですが、作戦内容は200人以上の構造者のいる聖心城の聖心祭に突入するという絶望的なものです。それをピクニックという言葉で表し任務はついでという言い方をするのが、カーフェらしく意地の悪い遊び心で面白いです。

全滅が必至だと確認され遺言を残そうという話になった時さえ湿っぽさは全く無く、やけになった面もあるとはいえ隊員全員で笑って前向きになっていることが、刹那的で享楽的に戦いへ挑む彼らの価値観を示しています。遺言というかたちで一気にキャラ立てが行われ、描写の手際の良さに唸らされます。どのセリフも表情も、簡潔ながら端的に彼らひとりひとりの生き生きとしたキャラ性を伝えてきます。リーたち3人、フェルミオン、隊長も話題にのぼり、黒獄小隊19名全員に言及があるのが丁寧でいいですね。各人の遺言単体では黒曜のものがあるある感があって面白かったです。主人公側の男2人が色めいた話では淡白すぎる分、悪役に親しみの湧く俗っぽさがあると妙に印象に残ります。ですが続くバールの遺言は俗っぽさの極みと言うべきか、むしろ開き直った度胸を認めるべきか、とにかくとんでもないオチがつきました。ボーガンの遺言自体もベッタベタさにクスリときたのですが、それが仲間内の残酷な真実の前フリに使われると思ってもみませんでした。しかしそれさえもがギャグとして扱われ、2人の取っ組み合いが隊員たちの賑やかな喧嘩に発展していき、結局はみんなで楽しくなっているように見えます。間違っても身近にはいてほしくない連中ですが、悪役なりに仲間意識があったり楽しそうにしているところを見ると、読者としては愛着が持てて面白いです。

部下たちを眺めながら、カーフェは笑みを浮かべつつも禍々しくそして真剣にマグメルの統一という願いを言い残します。いつも人を小馬鹿にした態度のカーフェですがこの願いは本気のもののようです。何か裏付けとなる過去はあるのかないのか、あったとして描写されるのかどうかはともかく、悪役にも悪役なりの信念があるのはいいですね。任務の性質や、これまでの行動や、目の前の無関係のエリンの集落を聖心祭に突入する際の供物にしようとしているなどことから、カーフェが黒獄小隊副隊長として死ぬことからは免れないでしょうが、最期まで彼なりの信念は貫いてほしいです。部下たちともども派手に殺して派手に散ってくれることを期待します。

華の散り際

原皇は端末としたゼロの体でヨウたちと同行していますが、裏では本体で神明阿の第四要塞へ進軍しています。マグメル統一の野望を改めて示し、完全構造力で何かを企み、原皇が少なくとも今はまだ毒の華のような美しさとともにヨウたちを欺く敵であることが確認されます。ここで注目しておきたいのが「三大勢力のうち二つが滅んでこの戦争は終わる」という原皇の独白です。敵の野望はくじかれるべきものであることを考えると、話の展開上クーたち聖国真類が生き残るのは間違いないとしても、それが残り2つの勢力の滅亡を意味するとは限らないという気がします。原皇でないティトールは第33・34話のヨウにとって紛れもない仲間だったようで、それを知る現在のヨウも一応は仲間になったティトールをできれば死なせたくはないでしょう。彼女は負ければ滅ぶと考えているようですが、それでも生き延びさせられたり裏切る機会を逃してしまったりする可能性はあります。一方で完全に敵である神明阿一族は、散ってこその悪の華を感じさせる勢力ですし、多くの当主や幹部を亡くし人界への支配力を失うことは避けられないはずです。ただ、だからこそ見苦しくとも生きていかねばならない者もいるのかもしれません。

何はともあれ、先のことを考える前にまず目の前の戦いを片付ける必要があります。原皇は残り10キロと迫った第四要塞を見据えて微笑むのですが、背後の空間から静かに神明阿ウェイドが浮上しています。演出が完全にホラーのそれで、不気味さに息を呑むとともに、恐ろしさから伝わる強さにも興味が惹きつけられます。拾因より条件は厳しそうですが、どうやらウェイドも空間の接続に係る幻想構造を持つようです。第59話で「美しく生き美しく死ぬ」と言っていたウェイドと、150年前に因縁があるらしい原皇とが、どんなバトルを繰り広げるのかが楽しみです。

群青のマグメル第66話感想 ~造物主とまがい物

natalie.mu

第66話 懐かしさ 24P

クーたち聖国真類に原皇が同盟の意思を持っていることが伝わりました。ゼロが現在原皇の端末となっていることやその印を隠さず示し、ヨウも事態の成り行きのおおよそは伝え、展開がテンポよく前進しています。

造物主と被造物

神明阿がマグメルの意識を擬神として具現化したという事実は、原皇の考えからしてもクーの反応からしても、対神明阿の同盟結成の鍵となる重大事項として扱うべき問題だと明らかになりました。マグメルの意識とは、原皇にとっては推論としてのみ知識に留めていたものですが、聖国真類にとっては自明の存在であるだけでなく造物主つまり神として崇めるべきもののようです。

幻想を現実に具現化する構造の能力、その源がマグメルであることは度々示唆されてきました。マグメルが生命を含めたあらゆるものの構造者となりうることも、ダーナの繭の事例などから明らかになっています。伝承や信仰が事実をそのまま反映しているとは限りませんが、話の構成上この場面でわざわざ造物主についての言及があったからには真実の少なくとも一端がすくい上げられている可能性は高いと思えます。マグメルの意識によって世界が構造された可能性があることやそれに人為が関与しうることが、同じ舞台や人物が多重に存在する世界の謎を、あるいはどちらかがオリジナルでどちらかがコピーだという可能性があるのかを、解き明かす要となることを期待したいです。

造物主と構造者

また、構造者という異能者の存在がストーリーの根幹をなす『群青のマグメル』の世界観描写の面からも、造物主という言葉には惹きつけらるものがあります。まず聖国真類の信仰が示されたことでメインキャラクターであるクーへの理解が深まり、ますますエリンたちの思想や文化、それを育んだマグメルという土地への興味が掻きたてられました。こういう未知の理解へのワクワク感は探検・冒険ものの、特にファンタジー要素を含んだ少年漫画の醍醐味でしょう。

エリンとは対立する人類である神明阿一族の信仰も注目したいポイントです。造物主が完全な幻想ではなく具体性を持つ存在なだけに、彼らの現状の神への定義は聖国真類とも一致しているようですが、聖心へのアプローチは侵攻という正反対ものとなっています。重役であるルシスは生命の構造に並々ならぬ興味を抱き、神明阿アミルは神の座を奪おうとしていることを明言しており、一族としての方向性には不明瞭な部分があるもののただの現世利益の追求以上の思惑を感じ取らずにはいられません。もしかしたら「マグメルに愛された人間(聖洲眷顧之人)」ではあるにしろ被造物であり造物主のまがい物に過ぎない構造者が真の造物主となるために、生命の構造を成し遂げることが不可欠だと考えている可能性もあります。

若様と黒獄小隊隊長

アミルとルシスの2人が若様と黒獄小隊隊長であることは間違いないでしょう。しかし神明阿と明確に名乗ったのはアミルの方のみながら上祖たちと共通する顔の特徴を持っているのはルシスの方であることなど、2人の関係にはまだ多くのミスリードが残されているようです。神明阿ウェイドがすれ違う際に呟いた「やはり現実は幻想よりも劇的だな」という言葉へのアミルの意味ありげな反応も、彼の本当の出自とそれに関わる複雑な感情を示唆しているように感じます。この神明阿ウェイドは上祖たちの中でひとりだけ再生死果を口にしなかった人物であり、アススとはまた違った意味で一癖ある言動をしています。第4堅龍要塞へは対ティトールの時間稼ぎに赴くということですが、リーたちや一徒たち懐かしい顔ぶれも揃っているだけに、興味深いバトルが期待できます。ひとりだけという話題では、黒獄小隊19名の最後の1名は第2要塞のフェルミオンという人物だと考えていいようです。彼がひとりだけそこで任に就いているのは第4要塞の3人や第5要塞の14人と違い擬態の幻想構造による後方支援などを担当しているためでしょうか。見た目も他の黒獄小隊隊員よりも戦闘向きでない研究者的な印象があります。

感情の真偽

ティトールと神明阿ウェイドは150年前に戦ったことがあるようですが、クーの言葉からすると150年前にはフォウル国と聖国真類の間でも衝突があったようで、この時に多勢力の関係する相当に大規模な武力衝突が起きていたことは間違いないでしょう。口ぶりからして聖国真類との戦闘には関与しなかったようであるものの原皇として同盟を持ちかけている以上ティトールはフォウル国の責任を負う立場なのですが、それでも審議なしには拒否できないという理由でヨウたちも含めてクーに聖国真類の領域へ向かうことを認められます。

この場面ではクーが規律に従っているようでその実以外と建前を利用しているところとその自覚がなさそうなところが彼らしくて面白いです。普段のふてぶてしさの薄れたヨウに自分まで調子を崩してしまったりする無器用な優しさもまた彼らしさです。ヨウの方はクーたちと会話するうちに何時も通りにイジれるようになったりと精神的にだいぶ回復できているようです。ここで興味深いのはヨウを一番和ませているのがミュフェの気の強さに元気だったゼロを連想したことにある点です。現状ゼロは亡くなってはいないにしても生きているとはいい難く、そんな状態で元気な他人に面影を重ねて嬉しくなってしまうことは危ういごまかしをはらんでいます。ただ、そうすることで救われる感情が存在することはどこかで確かに実感できるものなのでもあるのです。

ヨウはクーとミュフェとの3人でおしゃべりすることで、クーとゼロとの3人でおしゃべりするような懐かしさを味わっています。そんなヨウを見るトトとティトールも、付き合いの短さに見合わない奇妙な懐かしさに囚われます。2人にはその理由を知るすべはありませんが、読者としてそれが黒い瞳のヨウたちの失われた光景であることを知っている私には、懐かしさだけでなくひどく物寂しくなる思いが胸に迫りました。しっとりと琵琶を爪弾くティトールの美しさは、そっけない風を装い認め難く思いながらも、自らを包む感情の特別さを誰よりも知る彼女の胸の内を静かに力強く物語っています。ティトールが拾因に特別の関心があるのも、この仲間としての懐かしさと温かさに複雑な感情を呼び覚まされるゆえのことのようです。普段はエキセントリックで高飛車なだけにこうした一面がふと覗くと印象に残ります。もっともこの顔こそが本物で原皇としての顔が外面的な偽りなのかといえば、それもまた違うのでしょう。女皇様らしさも紛れもない彼女の魅力であるように、他者を攻撃する闇のある顔や感情も彼女自身が培ってきたものだからです。

その時々で浮かび上がる表裏は入れ替われど、つくりあげる者にとって、どの感情が真でどの感情が偽だとはそうそう言えるものではないのだと思います。

群青のマグメル第65話感想 ~違う自分たち

natalie.mu

第65話 親友 24P

今まで小出しにされてきた伏線的な要素に一定の方向性が与えられる情報整理が中心の回です。ラストでは思わぬピンチやファンには嬉しいストーリーの進展もあり、バトルは無くとも静と動のメリハリが楽しめます。

2人のヨウと3本の鍵

描写から推察はできても確信は持てなかったあの黒い鍵はいつもの世界に3本あるのではという疑惑が解明され、確定事項として扱えるようになりました。持ち主も、①いつものヨウ、②いつものトト、③第53話や第58話などで登場した「アイツ」、の3人だと確認されました。この種の作品だとどうしても信頼できない語り手の問題を考えずにはいられないのですが、ヨウは違う自分の記憶が再生されたことで概ね真実を把握したようですし、読者に明かしていない情報は多いものの独白で示した事柄については今のところミスリードではないと考えていいはずです。

ヨウたちと念動結晶の性質

鍵の持ち主の謎で焦点となるのが「アイツ」の正体です。第10.5話のヨウは、服装が同一である点やルシスと初対面の時から既に鍵を手にしている点から、いつものヨウではなく「アイツ」であるヨウと同一の個体である可能性が高いと思われます。だとするといつもの世界に少なくとも現在はいつものヨウと「アイツ」の2人のヨウが存在することになります。感知できた宝箱は1つだけであり、並行世界の存在までは感知できないと考えられるからです。第10.5話の出来事も別個体のヨウの出来事でありながら、別世界でなくいつもの世界で起きたのかも知れませんね。「アイツ」が最初からいつもの世界で生まれた個体なのか、あるいは別の並行世界から転移してきたのか、いずれにせよこの先の展開に深く関わってくることは間違いありません。

またヨウによるといつものヨウの鍵か「アイツ」の鍵かのどちらかが完全構造力で複製された物だそうです。紐のついたこれらの鍵は第52話で黒髪のゼロからちぎれ飛んできた物のはずで、だとすると以前の持ち主は黒い瞳のヨウだった可能性が高いです。それをいつものヨウはインがくれたと言い(ますが実際は拾因の遺体の傍で拾った原皇から受け取り)、「アイツ」も第10.5話で古い友人からもらったと言っていました。拾因が黒い瞳のヨウと深い関係を持っていることは間違いないものの、完全に同一の個体なのか、聖心の力を借りるなどしてつくりだされた黒い瞳のヨウの複製なのか、それ以外なのかはまだ断言できません。完全構造力による複製というキーワードが、いつものヨウ・ゼロと「アイツ」であるヨウ・ゼロという全く同じ身体的特徴を持つ2組に関わるのかも謎です。文字通りの謎の鍵の素材である念動結晶の、分割された同一個体が引き合うという性質はいかにも示唆的です。

オーフィスのお題

話は逸れますが、引き合う念動結晶製の鍵と鍵穴なのでそれを知っていれば地図は必要ないという点、大きな念動結晶の大部分が鍵穴の中に仕込まれている点、希少な鉱物である念動結晶は宝と呼ぶにふさわしい点などからするに、あの宝箱の中身の小切手とは表向きかつ目眩ましの宝に過ぎないのではないでしょうか。第33話でオーフィスがヨウとゼロにろくなヒントも与えずに鍵だけを預けて歩行樹に置いた宝箱を探させたのも、鍵が念動結晶製であるのに気付き宝箱に隠した念動結晶を見つけることこそが裏かつ真のお題だったからという可能性が考えられます。あのヨウとゼロは自力で宝箱にたどり着き小切手を得ましたが、それではオーフィスの意図からするとバツではないにしろ三角だったのかもしれません。

過去のヨウ

ヨウは拾因との想い出の家を訪れ幼い頃の自分を振り返ります。かつてペットを一口も残さずペロッと食べたという内容がさらりと扱われるとんでもなさが、ヨウでないと成立しないギリギリのバランスで興味深いです。ヨウは一見全く意に介していないようですが、「…一口もくれないんだね」という拾因の言葉に対する反論で全て食べたことだけでなくプーちゃんに手を出したこと自体にまでわざわざ言及した点からするに、拾因が初めの言葉に続けてそのことをたしなめようとしているのを察して先に弁解しておきたくなった様子がうかがえます。留守にする自分の身代わりに寂しくないようにと拾因が残したプーちゃんを食べてしまったのがまずかったことくらいは、当時のヨウでも理解していたようです。ただ、ずっと放って置かれて拗ねるヨウに対して、拾因が叱るのをやめて謝った気持ちまではまだわからなかったでしょう。わからないなりに印象に残ったらしいその拾因の表情を、自分が保護者的な立場となっている現在のヨウは、懐かしく思い出しつつも身にしみて理解していたはずです。

主人公であるヨウ

今のヨウには守るべき家族も気の合う同行者もいますし、進んでみんなと食糧を分け合う気持ちもあります。そして頼りになる親友もいます。

追ってきた雷覇龍魔から家族の想い出の家を守るため主人公が立ち向かうという勇ましくも絶体絶命の場面で、颯爽と登場し危機を救うというライバル系キャラとして実に美味しい出番をクーがもらっての久々の2人の再会です。ただヨウ視点での再会の演出がドラマチックに決まっているだけに、深層心理的な部分や実際の行動ではともかく言葉の上ではクーの側は友達だと認めていないということを考えると、若干こそばゆいというか青春というか茶化したくなるところもなくはないのですが。

後でお互いにもう少し踏み込む機会があるのかどうかはさておき、この微笑ましい友情が続けられるかどうかは人界とマグメルの関係の行方にかかっています。そのためにまずヨウは聖国真類と原皇の同盟を成立させなくてはなりません。クーはもちろんミュフェとデュケも交渉の余地はありそうですが、それ以外の聖国真類はヨウに対して警戒心を露わにしています。体が傷ついている今、ここでの手腕が主人公としての見せ場になるだけに、ヨウにはその知恵と胆力を遺憾なく発揮してほしいです。