群青のマグメル ~情報収集と感想

『群青のマグメル』と第年秒先生を非公式に応援

群青のマグメル第74話感想 ~神と生贄

第74話 雑談しよーよ 24P

神々の領域とされたティトールとウェイドの戦いが本当の一区切りを迎えます。前回はティトールの勝利に終わったかと思われましたが、ウェイド側が即座に反撃を成功させ、両勢力の頂点の膠着状態にまで事態を持ち込みました。

しもべの獣

ティトールの千変万布によるパンダ化はウェイドたち自身によりすぐに解除されます。ですが、短いながらもパンダ化に対する2人の反応は面白く、変身というシチュエーションの楽しさが味わえました。慢心と油断満々にウェイドのお持ち帰りを喜ぶティトールは実に嬉しそうですし、ゴロゴロと転がるウェイドもパンダらしいユーモラスな仕草で、どちらもとても可愛いです。パンダ化ウェイドは千変万布を脱ごうとして失敗するのですが、この時のティトールのセリフと後の描写からするに、動物化は千変万布を対象者が着ている間だけ起きるようです。羽織って一度変身すると脱いでも効果が続くタイプの能力が出る作品もありますが、千変万布はそちらではないですね。

戦士の命

この戦闘は頂点同士のみの対決ならティトールの勝利に終わったのでしょう。しかし第4要塞の隊員たちの参戦により状況は大きく変化しました。

ウェイドの事前の指示に従い組織としてティトールへ攻撃を試みる隊員たちにはプロフェッショナルらしい格好良さを感じます。金妖鎮塔は多人数による構造ですが、3人を上限に完成度を高める合構ではなく、個々人が作った構造を合体させることにより大質量で押しつぶす攻撃のようです。神明阿は多数の構造者が所属する勢力だけに、構造者の連携による戦法の開発も進んでいるのでしょう。パンダ化ウェイドを躊躇いなく攻撃する彼らの決断力も見事です。おそらく後の事態を全て予想できていたわけではないのでしょうが、結果的に大金星を上げる決断となりました。

対して、多少の人数差など物ともしないティトールの強大さもまた素晴らしいものです。超質量弾を小石のように弾き返し、連携攻撃を図る隊員たちも虫を潰すように殺害します。惨たらしい場面ですが圧倒的な暴力の生む不思議な爽快感も溢れています。ただ、一応主人公の仲間でありながら、この格好良さは完全に物語の悪役としての格好良さですね。

そういうわけで、第4要塞副城主に迫るティトールに背後からウェイドが攻撃を仕掛けた場面は、むしろ応援したくなるほどに心が踊りました。たっぷり焦らしつつも距離感の切り替わりの迫力を生かした演出にも見応えがあります。どうやらウェイドは部下の攻撃によって肉片となり千変万布が脱げて変身が解け、完全に絶命するまでの間に五宝真仙を発動させて復活したようです。相当シビアなタイミングで、本当に運を天に任せるところが大きいですね。符の構造は彼女自身の言う通りに非常に制限の多い能力ですが、生贄を捧げて敵の力を封じるようなかたちになるところには、いかにも呪符めいたおどろおどろしさがあります。部下による助力とその死さえも活用したウェイドと、端末化で多くを従えながらも最強生物という個として戦って勝利を逃したティトールの違いは興味深いです。膠着状態に入った2人のにこやかかつトゲのある会話にも心惹かれます。勢力としては神明阿側が有利な状況であるものの、隊員たちひとりひとりの活躍を含めて戦闘の終了まで目が離せません。

ところで復活した瞬間のウェイドは当然全裸です。全裸片足ブーツというマニアックな出で立ちながら、堂々とした態度にスケベ心を挟む余地はなく、むしろ神々しいほどの凛々しさを感じさせます。そういう意味でグッと来るのはどちらかといえば副城主のオーバーサイズの軍服を着せてもらってる姿のほうですね。袖がダボダボなだけでなく、首や肩周りのサイズが合っていない感じが高ポイントです。

無辜の民

第4要塞での戦いの他方、黒獄小隊隊員が聖心城のほど近くに到着します。マグメルの神が眠りから覚めると言われる聖心祭への乱入を彼らは目論んでおり、それに利用するために引き連れてきたエリンたちを第67話では皮肉交じりに供物と呼んでいました。何らかの脅迫で連行したのかあるいは幻想構造による操作なのかはまだわかりませんが、いかにも悪辣な計画を企んでいそうです。ヨウたちの側と直接戦うことになる相手だけにその悪どさにもつい期待が高まってしまいます。

TVアニメ「群青のマグメル」のメインキャストが発表

TVアニメ版の「群青のマグメル」のメインキャストが発表されました。

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thetv.jp

キャスト

因又:河西健吾

ゼロ:M・A・O

エミリア山村響

拾因:森川智之

各社ニュースサイトではキャストの方々から寄せられたコメントも掲載されています。

 

追記

TVアニメ版の「群青のマグメル」のティザーサイトがオープンしていました。

gunjyo-magumeru.com

群青のマグメル第73話感想 ~目の確かさ

第73話 掌の上 24P

ティトール対ウェイド戦に一旦の決着がつきます。まだもう一波乱ありそうな幕引きですが、ウェイドの消耗具合からすると本格的な再戦はもしあったとしても後ほどになりそうです。

見極める

ティトールは端末とした相手の構造を使用できる能力を活用し、多数の能力を同時使用した戦術で神明阿ウェイドを翻弄します。バトル漫画では相手の能力を解き明かす過程の面白さも捨てがたい魅力ですが、複数同時使用での検証を綿密に行うと相当に煩雑になってしまうだけに、このバトルでは個々の能力を冒頭で読者に明かした上でそれらの組み合わせ方や騙し合いのアイディアにより楽しませることに注力されています。
ウェイドからすると今回ティトールが使用した能力は初見のものばかりであるようなものの、数手の攻防で使用中の能力を見極めていき、展開がサクサクと進みます。概ねウェイドのモノローグに沿いつつバトルが行われますが、ウェイドと読者の視点が一致して進むというより、ウェイドが読者の視点まですぐに追い付いてくる話の構造となります。ウェイドの読みの鋭さは少々ご都合的ではあるのですが、経験豊富な強者だけに言語化する間さえなく能力の正体を見破ってもおかしくはないですし、何より読者は予め正解を教えられているので置いてきぼりの感覚や違和感が出にくいようになっています。駆け引きの一手目である煙に巻く龍の消耗をめぐる大規模な構造の行使にも迫力があって楽しめます。

読みの上の上

今回のバトルのキモとなるのは偽りの星での駆け引きです。この部分は偽りの星の重力制御により浮遊していたはずのティトールがいつの間にか現実構造を足場にしており、実は気づかぬうちに接近していた偽りの星が増幅させた重力をウェイドがまともに食らってしまうという流れになっています。ただ偽りの星の重力制御能力は読者に説明されていてもティトールの浮遊がそれによるものだとウェイドが考えた瞬間が明示されず、むしろ読者はヨウなどで現実構造での浮遊がお馴染みになっているため、前振りでの誘導が弱くてウェイドがどう騙されて何に驚いたのかというオチが少しわかりにくい気がします。テンポの良さで余計な疑問を押し切る必要がある回だけに、勢いを削ぐ要素は目に付きやすいです。
もっとも描写の親切さはともかく筋自体には問題ありませんし、キモのアイディアへさらに畳み掛けるように重力を移動速度の遅い幻想である千変万布の加速に使うという仕掛けも一捻りあって面白いです。「鈍い幻想」は「鈍い」にふりがなが無く少し迷いましたが、読み方は「にぶい」でなく「のろい」の方ですね。

目の曇り

ティトールは幾手もの騙し合いの末にウェイドの無力化に成功します。ですがその要であった未来予知の幻想構造である終末絵本の使用を、最後の最後まで来てやめてしまったのには不吉なものを感じざるを得ません。五宝真仙の全ての能力が使い尽くされず、ティトールに動物化したウェイドをすぐに始末する気が無さそうなのですからなおさらです。どうやらティトールは因縁の相手を自分の手元でパンダとして愛玩できる嬉しさで浮かれてしまい、目が曇っているようですね。ともに女性でありともに頂点に立つ2人だけに、この戦いでティトールがウェイドをしばしば殺しそこねているのは、単なる詰めの甘さもさることながら、生死以上の部分でも相手の優位に立ちたいという執着が多少なりと影響しているのかもしれません。

仰ぎ見る

他方で、ティトールとウェイドの戦いを神々の領域のものとして仰ぎ見ているのが一徒たち一般の戦闘員です。戦局を直接左右するほどの力は無いとはいえ、勢力同士の戦闘である以上は彼らの動向も見逃すことはできません。現状フォウル国の戦闘員の一部が第4要塞の侵入に成功し、ウェイドが封印されているとみられる以上、神明阿側の一徒たちには不利な状況です。一徒は彼なりに野心めいたものはあるものの、なまじ判断能力があるだけにダーナの繭に続いて自分の実力不足を理解してしまっているようで、この中途半端さがどちらに振れていくのかに興味が湧きます。上手く行くにしろ行かないにしろ、本筋と関係が薄い故の先の読めなさや人間臭さは脇役ならではの面白さです。

群青のマグメル第72話感想 ~平等と特別

第72話 至宝 24P

神明阿ウェイドが復活しティトールと激しい戦闘を繰り広げます。未知の能力質を解説すると同時に目覚めたきっかけを明かすことで登場人物の掘り下げを行うという、ドラマ性の高いバトルものの醍醐味のような回です。ウェイドの再生までは予想していましたが、それに応えたうえで期待以上の密度の内容が展開されるのですから心底しびれてしまいます。

扉絵は今回のオチとともにスポット登場のヨウとクーです。西部劇風ですが人類とエリンの対決ということで本編の内容にちなんでいます。あるいはウェイドとティトールの関係は、別の世界も含めてヨウとクーの鏡写しとなるものなのかもしれません。

平凡と特別

おそらくは若い頃から神明阿一族の当主候補だったろうウェイドが何も知らない凡人と家庭を持ったという回想の出だしには興味を引きつけられました。その理由がただの気まぐれなのも突飛でありながらいかにもといった感じで面白いです。変わり者の祖母として平凡な一家の一員となっていた彼女が、家族一人一人に特別な感情を抱いていなかったという点も素直に納得がいきます。それゆえ、家族が反乱組織に襲撃された時に、家族全員を救う自信がなかったことから全員を平等に見捨てたというのも彼女らしい選択だと思いました。そもそも家族の身を特別に案じるなら、何の説明も対策もせずに神明阿一族の保護のない場所で平凡に生活させること自体がありえないのです。家族全員の死を目の当たりにした後さえ、残念だったの一言で済ませられると彼女自身考えていたようです。

しかし襲撃による危機で孫の1人が神明阿の血に目覚めており、手遅れになった後でそれに気が付いたウェイドの中にその孫に対する愛情が湧き上がってしまうという皮肉が待ち受けています。愛情を自覚するやいなや、その孫が自分に懐いていたことも、孫とのただ平凡と感じていた日々は平凡だからこそかけがえのないものだったことも、激しく特別な感情を伴ってウェイドの身を焦がすようになるのです。結局は血に目覚めた孫しか特別に思えず、他の孫たちや自ら生んだ子供たちそして夫に対しての思いはないままだとしても、いかにも神明阿一族の当主らしい歪んだ感情の発露だとしても、彼女の後悔は偽りのないものとして私の胸に迫りました。もし冷凍睡眠に入るまでに襲撃が起きず誰にも特別な感情が生まれないままだったら、もし襲撃のさなかに孫が血に目覚めたことに気付いて彼以外を区別して見捨てていたら、ウェイドは今よりも幸福だったのか不幸だったのか?そんな詮無いことを考えずにはいられません。

特別で同等

ウェイドは死という現実と絶望を目の当たりにし、不老不死の能力である丹の構造を会得します。

回想明け直後、物体同然に転がる頭部の上半分とそれを欠いた肉体が、回想から引き続くナレーションの進行とともに意志の宿らぬまま持ち上がっていく非現実感、瞬間的に再生を果たしたウェイドがそれらを切り裂くように一閃を放つ鋭さ、そして再開されたナレーションの語り口と対峙し見つめ合う2人の距離から生まれる静謐、絵と言葉の両方で存分に五宝真仙最後の宝である丹の能力が印象付けられました。若返りが丹の効果だと気付いていたらしい素振りから予想できましたが、ティトールも丹・仙丹についての知識を持っていたようですね。まあ神明阿一族、とりわけウェイドと因縁があるティトールならば人界の中華圏の文化に馴染みがあったり対策のため調べていたりしてもおかしくはないでしょう。

ウェイドとティトールは激突のつかの間語り合うのですが、150年を経て互いに王となってから再会した彼女たち以外には共有できない特別な思いのやり取りが刺激的です。決して蘇らなかった、あるいは自分以上に再生を望んだ相手だったのかもしれない孫を思い出しながら静かに人生に2周目がないことを告げるウェイドの涼やかさと、しなを作り構造力でハートを描いて再会を喜びつつ再びの殺害に舌なめずりするティトールの艶めかしさは好対照です。迫力の肉弾戦で一歩も譲らない様にもまさに真っ向から互角という言葉を送りたくなります。細かいところでは尾での牽制攻撃や角の立体感などティトールの異形性の描写が丁寧なのがファンタジーの魅力を感じられて嬉しいですね。最後に両者が展開した大技もスケール感にワクワクします。ウェイドの技は盾と剣の組み合わせによるものとして、ティトールの技は端末の幻想構造による龍の召喚でしょうか?次回以降の激突への期待が高まってしまいます。

群青のマグメル第71話感想 ~王を継ぐ前の彼女たち

natalie.mu

第71話 旧友 24P

扉絵はハートのキングになぞらえられたティトールとウェイドです。ハートとはいえトランプでは2番目に大きい数のクイーンでなく1番目のキングだというのが彼女たちらしいです。今回はそんな2人が王になる前の過去の一端が明かされます。
なお、最後のページのアオリ文の「不亦楽乎」は論語の「朋有り、遠方より来たる。亦た楽しからずや。(友人が遠方から訪ねて来てくれる。なんと楽しいことではないか。)」の後半部分の原文です。

150年前の三大勢力

これまで断片的に情報の出ていた150年前のフォウル国・神明阿一族・聖国真類の紛争の概要が明らかになりました。

まず、当時のフォウル国の対外的な行動や計略は現状とほぼ同じものです。先代の王の一族は真類に滅ぼされたということからティトールとの間に血縁は無いのですが、国家だけでなく方針まで継続させていることになり、なかなかに興味深い姿勢ですね。三者痛み分けではあったものの、戦争を仕掛けながら勝利できずに殺害された初代原皇の政治体制を捨て去る道をティトールは選ばなかったのです。エリンの頂点を目指したのは彼女自身の野心によるものでしょうが、二代目原皇として部族連合体制を維持し負債をも背負ったのはそちらの方が得策だと判断したからなのでしょうか。

現在のティトールとヨウ

先代原皇の後継者としての自分をティトールがヨウに語ったことは2人の関係において重要なポイントです。他人や社会をあまり気にしないヨウには、ティトールの話も戦争の深刻さよりもかつての身内と同じ夢の実現を目指すティトールの姿勢の方が心に留まったような態度を見せます。拾因の後継者としては自らに通じる話のように受け取ったとさえ思えます。
死後に偲んでいるからという面はあるにしろ、「自分が悪かった」という遺言への悪態と感慨の滲ませ方を見るに、ティトールも仕えていた先代へは個人的な思い入れがありそうです。自ら新しい国を作るより継承することを選んだのも、あるいはそうした感情が関わっているのかもしれません。回想からすればティトールには殺害された家族がいたようですが、先代との関係を考える上ではそのタイミングが気になります。家族が殺害されて敵と戦うために先代の幹部になったのか、幹部として活躍する中で家族が敵に殺害されたのか、それ以外なのか、気になります。

また、後継者ながら悲劇の繰り返しは回避したいヨウからは、先代と同じ結末に至りかねないティトールは危なっかしく見えているようで、控えめながら警告と手助けの提案をしています。ティトールの結末がどうなるかは結局は彼女次第ですが、やはりヨウとしては一応でも仲間であるティトールに破滅してほしくはないのでしょう。

150年前と現在の彼女たち

150年前のウェイドがまだ当主を継いでいなかったことや若かったとはいえ白髪の目立つ年齢に差し掛かっていたことなども新たな情報です。当時のティトールとウェイドは若者と老いの陰りつつある女性という間柄で、現代でも結果的にそれに近い肉体年齢の差があります。それがウェイドの若返っている今は、2人とも同じだけ若々しいかことによれば外見年齢の差が逆転しているようでさえあるのが興味深いです。また、この回想でのお茶を飲んでいるときの作法や能力の説明のイメージ画像での雲気の描かれ方、武侠で定番の大量の剣を気で射出する技に似た能力など、ウェイドが中華圏の影響を強く受けている人物なのが改めて確認できます。能力そのものも中華圏的な要素が多いですね。四宝真仙だった時の構造の詳細についてはティトールも熟知しているそぶりで、2人が旧知の仲であることが伝わってきます。

あとあまりツッコむと野暮になる部分ですが、2人が新たな構造である“丹”について探り合っている時に、ティトールが丹というものについてどのくらい知識があると想定して良いのかということは少し気になりました。ウェイドの若返りに衝撃を受けていない点からすると丹の効果についてはティトールも見当がついているようですが、現象から察しているだけなのか丹・錬丹術の知識があって考えついたのかは作中の描写からはまだ判断がつかないです。今回のラストはウェイドの頭部が両断されるという衝撃的な引きですが、丹が不老不死の薬だと知っていて丹の構造だけ説明がないのに気が付いた読者目線からすれば本当に決着がついたのかが疑問に思えてしまい、ティトールの視点からはどう捉え得るものなのか知りたくなります。エンタメ作品では基本的に作中の言葉や文化の違いを考えすぎないのがお約束ですが、自分もこの作品の作者とは違う文化圏に属する人間なだけに必要以上に興味が湧いてしまうところがあります。

群青のマグメル第70話感想 ~丹と黒髪

natalie.mu

第70話 対峙 24P

神明阿一族の第四要塞対フォウル国の戦闘が本格化します。まず一般戦闘員同士の命懸けながら前哨戦的な衝突から始まり、戦闘員を圧倒する神明阿ウェイドを描写する中盤、そして両勢力の頂点同士の激突を予感させて次回への引きとするラスト、と構成が整った回です。

扉絵は第43話のヨウとゼロが世界を巡っていたときの回想ですね。本編で2人に出番がない回の分、ある意味での空中戦繋がりでの出演ということでしょうか。

漢字という表意文字

前回を読んだ限りではウェイドの能力は盾の漢字が刻まれた盾の幻想構造だと思っていたのですが、今回の話からそれは能力の一部でしかなかったことがわかりました。どうやらウェイドの能力とは漢字一文字で示される意味とそれを具体化した構造を行使する力のようです

「盾」に続き、「剑」(剣の簡体字)と「丹」の漢字の力が使われました。「剑」は剑の文字が鍔に刻まれた柄の構造を持ち、対象を切断する力です。この切断は自動的に空間の一定部分を切り裂くというより、見えない刀身か出し入れ自在の刀身があってそれを構造の操作や体術で振るうことで起こると考えたほうが良さそうです。20Pのウェイドの周囲に浮かぶ5つの力の塊のうち2つは明確に柄と盾であり、力を行使できる漢字の種類もこの5つで全てかもしれません。今回のラストから繋がるだろう第68話のラストでウェイドの背後に浮かんでいる力の塊の数も5つです。組み合わせて熟語や文章を作るといった文字の能力でよくあるような使い方は今のところなさそうに見えます。ただ、実は隠した種類の力や応用方法があったりするのも能力バトルの定番なので、これからもバトル描写は細かいところまで目が離せません。

丹の思想

ウェイドの使った漢字で知識がないとわかりにくいのは「丹」の力ですね。丹の持つ赤色という意味については今の日本でも丹頂鶴の丹としてよく知られていますが、元々は硫化第二水銀という赤い鉱物を指す漢字です。そしてこの硫化第二水銀・丹とは中国で長年不老不死や若返りをもたらす薬の原材料だと考えられていたものです。中国で不老不死を目指す神仙思想が長く関心の的となり、それを発展させた道教が根強く信仰されていたことは周知の事実でしょう。直接の信仰はほぼ失われた現在でも、その影響は文化として間接的な形で、あるいはファンタジーの題材という形で息づいています。

以下少々余談となりますが、不老不死の薬である丹薬・仙丹を製造するための技術は錬丹術といい、日本ではおそらくこちらのほうが有名な西洋の賢者の石や錬金術とも密接な関係を持つものです。秦の始皇帝が不老不死の薬を研究するうち水銀中毒で寿命を縮めたという逸話は真偽はさておきよく知られていますが、その薬こそが丹薬なのです。この後も古代中国では不老不死を求めた皇帝が何人も水銀中毒で死亡し、丹薬を化学的な物体として調合する試みは下火となりますが、それでも丹薬という概念と探求の試みは生き続けました。代わって盛んになるのが人体を炉に見立てて気を練ることで体内での丹薬の生成を目指す方法論です。丹薬を体外で錬る術を外丹術として区別する場合、こちらは内丹術と呼ばれます。現在の気功や太極拳などの気の概念の関わる武術や健康法にまで繋がっています。

話題を戻しまして、20Pで「丹」の文字が出た直後にウェイドの若返りが始まったのは錬丹術の作用と見て間違いないはずです。16Pでいう薬も丹薬のことでしょう。薬=再生死果と解釈できなくもないですが、話の流れからして可能性は低いと思われます。ウェイドが薬の残量を気にしていることからすると、若返りの効果は一時的なものでなおかつ回数や合計時間の制限があるようです。再生産がもし可能だとしても、手間や時間を要する錬丹術の性質を反映していそうです。

ジャンプ系のバトル漫画で実力者の老女の若返りというと、力を高めると細胞が活性化して一時的に最盛期の肉体を取り戻すといったメカニズムを連想しそうですが、おそらくこの場合は違いますね。

黒髪

若返ったウェイドの姿は予想通りというより予想以上に美しいものでした。髪の色が黒なのも予想外ながら、若返りを視覚的にわかりやすく魅せてくれます。最終ページの憂いを帯びた流し目の色香を引き立てる効果も抜群です。

それにしてもウェイドはほぼ完全に西洋人だったアススやリリと比べると、目をはじめとした顔立ちや名前に一族としての連続性は残しつつも、漢字・丹・黒髪と東洋的な性質の影響も色濃く出ているように思えます。この違いとはコールドスリープに入った上祖の中では最も古く500年前に眠りについた209代目当主であるアススと、最も新しく150年前には若かった218代目当主であるウェイドの違いなのでしょう。つまりそれはユーラシアの西から東へアススが新たにたどり着いた地での、数百年に渡る神明阿一族の歴史の経過を反映した違いでもあるのです。

 

※次回の感想は私事により数日遅れる可能性があります。

群青のマグメル第69話感想 ~今人還た落花の風に対す

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第69話 小手調べ 24P

ウェイド対ティトールの戦いが始まります。前回のラストから少し時間は遡り、第67話のラストから繋がる回です。まだ互いに小手調べの段階ですが、2人のほのめかされる過去の因縁と、指導者らしく甘さのない判断に期待が高まります。

花の種類

ところで私は今までウェイドのことを、例えば『聖闘士星矢』の魚座アフロディーテのような美を誇る優男だと思っていたのですが、他の方の感想で女性と扱われているのを見て確かにその可能性が高いことに気が付きました。同じような言動をしていても男性と女性では意味も印象も全く別物となるだけに、これはとても重要な問題です。そこで改めて今回よく確認してみたところ、21Pの下段のコマなどで胸部に盛り上がりがあるのが見て取れました。布のたるみの可能性もゼロではありませんが、少なくとも現在のところ、ウェイドは女性当主だと私は思うようになりました。

また、沼のような空間を繋ぐ幻想構造は部下のもののようで、ウェイド本人は盾の幻想構造の持ち主ですね。核構造の爆風から要塞を周辺部ごと守りきった点からすると、盾の背後を守るだけでなく盾を取り巻くオーラ状の部分も含めて防御の対象となるのでしょう。

花と花

ウェイドとティトールが女性同士ということになると、2人の会話、とりわけ若さと美をめぐる会話からうかがえる関係の屈折は極めて興味深いです。まず皮肉込みの戦略にしろ仲直りの話題を出せ、古き友として互いの性格もよく把握していることからすると、やはり150年前の2人は単なる敵同士ではなかったようです。フォウル国が聖国真類を裏切り聖心に侵攻した事件の背景には、フォウル国の先代指導者とウェイドら神明阿一族の結びつきが関わっているのでしょう。そして当時はまだ小娘だったというティトールと若かったというウェイドは、その事件を生き延び、普通の人間ならばありえないだけの時間を経て再びめぐりあっています。ともに美しさを意識し、美しい顔立ちをした2人だけに、その秘められた関係を明かす回想が今から楽しみです。

花と人

現在、長命のエリンであるティトールは順当に成長し、女性としても構造者としても盛りを迎えています。一方、構造者とはいえ人間であるウェイドは、コールドスリープで生き長らえたとはいえ確実に老い、ティトールの若さと美しさを羨んでいます。ですが、ウェイドがこの場にいるのは彼女が若返りをもたらす再生死果を1人だけ摂取しなかったからだと考えると、この場面の彼女の感情が人間による長命者へのただの嫉妬という単純なものでないことが読み取れます。彼女は他の当主たちに先んじてティトールと接触するために、あえて老いた姿を晒すことを覚悟したのでしょうか?あるいは再生死果の出現時に発した「美しく生き 美しく死ぬ」という言葉には、例えば無理に時を遡るのを潔しとしないような、彼女なりの人生観がこもっているのでしょうか?その答えは2人が対峙した先にあるはずです。

2人の激突の他方で、第4要塞に駐屯中のリーたちや元ダーナの繭探検隊である一徒たちの久々のまともな出番があります。一徒は積極的に戦いに関われないことに不満を持ち何かしでかしそうな雰囲気で、これまでの独白を鑑みるまでもなくいかにも不穏です。ただ、この局面で動かなければ最後まで置いてきぼりになってしまうのがほぼ確実な状況だけに、未知へ命を賭す探検家としてはたとえどんな結果になろうと何らかの爪痕は残して欲しいところです。