群青のマグメル ~情報収集と感想

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ハイッ!ホイッ!!ホワァタァ!!!の感想 ~あなたをずっと見ている

2018/1/10 文章を修正

特別読切の『ハイッ! ホイッ!! ホワァタァ!!! ~巡る因果の狂騒曲~』は第年秒先生が以前に中国での発表を予定して描いた作品『喝!哈!啊哒!』を日本語訳したものとなります。中国で一般的な漫画の形式に則っているので、左から右に読むカラー漫画となっています。2014年の9月に第年秒先生がこの漫画の中国語版を微博で発表した時のコメントによればその更に数年前に依頼されて執筆していた作品だそうですが、どうやら何らかの行き違いがあり中国では出版社の関わる媒体では未掲載となったようです。また同じくコメントによると『喝!哈!啊哒!』は『5秒童話』の源流となった作品のひとつということで、そうした視点から読んでも興味深いです。絵柄が今よりもややリアル系でスタイリッシュな印象が強い点も新鮮です。

掛け声のみで構成されたタイトルの印象通りの楽しい読切で、ラブ&コメディですがラブコメの甘酸っぱさよりもコント的なやりとりの面白さに重点が置かれています。いわゆる自殺コントの亜種で、自殺しようとしていた人物がやがてそれどころではなくなるという展開まで含めてお約束的です。最初から最後までほぼ主人公の正(ジョン)と謎の少女の会話のみで構成され、回想以外での場面転換が存在しないという割り切った作りにも関わらず、次々に小出しにされる新情報と画面構成の巧みさで18Pを走り抜けるように読み切ることができます。短い作品だけに初っ端から第年秒先生お得意の性悪美少女と振り回される気弱な少年という明確に立ったキャラが打ち出されていて、次のページに進むのにワクワクできます。

ギャグ要素は7P中段のネタ3連発のように日常あるあるからの思わぬズレが中心的な題材なのでしょうが、日本人の自分から見るとその日常あるある自体に文化の違いによるズレがあってなんだか妙におかしいです。特にハトを落とそうとして豚小屋に落下、のエピソードなんて現代日本ではまずありえない上にどことなく養豚の身近な中国の郷土性が感じられて、これもひとつの異文化理解といった気分になります。高層ビルが立ち並ぶような街でも少し外れに行けば素朴な部分が残されているのが現在の中国の風景といったところなのでしょうか。

全体の構成としては、後半に謎の少女がストーカー行為を告白するという怒涛の伏線回収があり、最後の1Pのオチで全てが腑に落ちるという点が見事です。

ストーカー少女の正体とは、主人公がかつて走り小便をした時にそれを目撃されてしまった少女だったのです。小さなコマですが7Pの中段左側に目撃した少女が首からカメラを下げているのがしっかり描かれています。それを使って当時はツインテールでなくセミロングヘアの少女が、ズボンが下りたままで股間を手で隠す涙目の主人公も写るように自撮りしたのがラストの写真です。光の加減か少女の髪色はやや異なるように見えますが、髪型や服装やリュックなどの持ち物といった主人公と少女の特徴は7Pの回想と写真とで完全に一致しています。ただ初めに7Pを読んだ時点では少女の正体に気が付かないようにする必要があるとはいえ、髪色が違って見えるせいで漫画の記号として同一人物とわかりにくいことは少々不親切な気がします。とはいえシーンごとの光の違いによる細かい色のニュアンスの変化が表現された作品ですし、水中かつ夕日を浴びていることで写真の色が本来の色とは違って見えるかもしれないことを考えると当時は黒髪で今の茶髪は染めているという可能性も一応はあります。また7Pの主人公の台詞の「めっちゃ見られた…」とラスト2P分で少女が連呼する「見せてもらった」「魅せ続けてね」「みせてくれたのは」などの「見る」というキーワードに注目すればストーカー少女の正体は7Pの少女の他に考えられないでしょう。

7P中段でのただのギャグに見せかけられた3つのネタは、1つはすべての発端で2つはその結果のストーカー行為を受けた結果だと読み返せば意味が持たせてあることがわかるようになっており、要素の散りばめ方がスマートです。ちなみに日本語版では11Pで「年に1度」となっているためこの3つしか不幸が起きていない印象になっていますが、中文版でこの部分は「一年又一年」「一年また一年と」でこの場合は何年もずっとという意味なので、主人公は長年さぞや大量の「不幸」に遭遇させ続けられていることでしょう。この3つはあくまでも例ですね。一年に一度しか会いにこれないとか手出しできないとかのストーリー上の仕掛けがあるわけでもないです。

さらに細かい日中版の違いを言うと、10Pの「彼にフラれたの」と14Pの「どうせ… フラれるんだから――」は「我可是,被男朋友甩的!」「反正…… 我也被甩了」なので個人的には後者も「フラれた」にするかもしくは「フラれてる」にしたほうがしっくり来ます。つまり橋の上での別の女とのデートを目撃してフラれたと感じつつもそれに直面しないために飛び込みを行ったのが日本語版で、デートを目撃してフラれたの承知の上でストーカー行為込みでの愛の告白をして、告白にキレられたことでフラれたと改めて思い知り飛び込んだとも取れるのが中文版という解釈になるでしょうか。まあどちらにせよイタズラの前振りにすぎない部分なので解釈はそこまで重要ではないかもしれません。一方で、「だって 最初にみせてくれたのは あなたなんだから…」を最後の1Pに被せるという日本語版独自の演出は、オチをわかりやすくする上でとても効果的で素晴らしいと思います。

なお今回は描き文字の日本語訳に不備が多く、特に気になった箇所のみを以下に挙げさせていただきました。

8Pの変装した少女の平手打ちの描き文字の訳し漏れ

 「啪(発音:パ)」この場合は「パン」。

15Pの水に落ちる時の「ドサっ」

 中文版は「噗嗵(発音:プトン)」この場合は「バシャン」。

17Pの水から上がった時の「シャラ」

 中文版は「哗啦(発音:ファラ)」この場合は「ザバ」。