群青のマグメル ~情報収集と感想

『群青のマグメル』と第年秒先生を非公式に応援

群青のマグメル第88話感想 ~戦う理由

第88話 憧憬 20P

第82話以来のティトールの視点で進む回です。本体での神明阿一族当主との戦いが中心となっています。ただし内容の重点は攻防よりも戦う理由を巡る対話の方に置かれています。

原皇として

前回ヨウが「俺の知る今の君の違いをはっきりさせたいだけさ 君の一族前世類… 生き残りは本当に君だけなのかい?」と言ったことを受けて、どういう意味だ?と感じた端末を含む各地のティトールの行動に迷いが生じます。
神明阿当主のアッシュ・ハーマと戦うティトール本体の動きも鈍ったようで、全力での戦いを楽しんでいたアッシュは不満気です。この際のアッシュの皮肉の言い方に洒落っ気があって面白いです。アッシュは第78話の若返って早々の言動の通りに女遊びにも戦いにも滾るタイプのようです。同行しているハーマは強者である点は同じながらも、女性には正反対にいかにも堅物な態度を取ります。そんな2人の息が合っているのは見ていて楽しいのですが、これも血の繋がりのみを繋がりと感じる神明阿一族としての性質が表れているに過ぎないのかもしれません。

ハーマがティトールに投げかけたなぜ逃げないのかというという問いは、今回の内容の核となる部分でしょう。神明阿一族の第四要塞を壊滅させ、戦略目標を達成したティトールがこの場に留まる理由は確かにありません。アッシュ・ハーマに逃がすつもりはないとはいえ、もしティトールが消耗した状態で策もなく戦いを続けているのだとすれば、自殺的行為と判断されるのももっともです。そうならばアッシュがつまらないと言う通りにティトールのキャラからするともったいない最期になりそうですね。ただ、どの程度本心かは不明ですが、ティトールは楽しく遊んでいるだけだと不敵に言ってくれます。完全構造力がまだ膨大にあると判明したのも頼もしいです。

おそらくティトールが原皇となり現在戦い続けている本当の理由には、彼女の過去が大きく関わっているはずです。冒頭のティトールと父親の回想で語られた「生きるためだけには生きない」という貪生花の花言葉が鍵になるのでしょう。人界での端末の女性は過去を元にした絵本を書き終えたようですし、その詳しい内容が気になります。激闘の本体や端末のゼロとは対照的な、静かでのんきでさえあるやり取りも面白いです。

神明阿当主として

神明阿アッシュ・ハーマの側に神明阿ヘクスが加勢し、三重合構が行われます。アッシュ・ハーマが二重合構を使っていない時でさえティトールは持ちこたえるのがやっとだっただけに、現状はまさに絶体絶命です。

第210代目当主神明阿ヘクスは第209代目当主神明阿アススの次の代の当主です。ただし距離を感じる口振りからすると子や孫などの直系の子孫ではないらしく、「いい教師でもなかった」というセリフが2人の関係についての言及と考えていいようです。当代の当主との直接の血の近さよりも、一族内ならば実力を重視して代替わりが行われているのでしょう。武術の流派の継承に近いものを感じます。振る舞いからして、神明阿ヘクスは先代で最強の構造者でもあった神明阿アススのことを心から尊敬しているようです。アススの殺害に関わったティトールを攻撃するために三重合構でつくりあげた物体が、アススがよく構造していたただの水だというのにもヘクスの思い入れを感じます。それを夢に見た構造と呼ぶのだからなおさらです。ただの水とはいっても完成度は1万%で物理法則を超えているのですから脅威は計り知れません。

この構造によりティトールは今回の最終ページで首が切断された姿を晒されます。生き急ぐティトールの印象が前半で確認されていただけにショッキングな光景です。しかしティトールにまだ物語上の役割が多く残っていることを考えると、何らかの抜け道があって生き延びていると信じたいです。強靭な肉体を持つエリンですし、即死さえしていなければ完全構造力を使って回復できる可能性もあります。

群青のマグメル第87話感想 ~遥かな場所、遥かな相手

第87話 逆襲の手 26P

2019/06/28 文章を修正

引き続きヨウが目の前の敵と戦うバトル回です。しかし冒頭と後半では別の場所にいるキャラクターの確信に迫る情報も出ています。まず冒頭では、ヨウの重要な戦闘手段である神の見えざる手と絡めるかたちで、マグメル深部のヨウからそう遠くない地点のマグメルにいる少年についての描写があります。この少年は第53話でもマグメル外縁の海上のヨウから遥か離れたマグメル深部にいる少年として登場しています。次回への引きの部分では、本体は別の地点で戦闘中のティトールへとヨウが一族の生き残りについて尋ねています。黒い瞳のヨウの記憶から知ったあちらのティトールとこちらのティトールの違いを確認したいようです。

主人公であるヨウ、そう遠くない少年、遥かな夢限境界の拾因

扉絵を兼ねた1P目のナレーションは、神の見えざる手のオリジナルの構造者の記憶についてヨウが考えた内容を表しています。神の見えざる手は元々は「ほかの誰か」の幻想構造です。主人公であるいつものヨウが第53話で神の見えざる手を理解した時、「ほかの誰か」の記憶も同じく理解しています。その「ほかの誰か」とおぼしいマグメルにいる少年は、他人に自分自身を理解されるような感覚を味わいました。この少年は名前はまだ不明ですが、主人公であるヨウ(因又)と拾因こと黒い瞳のヨウに続く、ヨウと同じ外見をした3人目の人物です。やはり同一人物の別個体の間でなら、相手の構造の理解により相手の記憶の理解も進むと考えられます。ただし、ヨウは拾因の記憶はかなり多くを理解できているようですが、この少年の記憶へは断片的に理解しているのみだと今回明かされました。

3人目の少年は主人公であるヨウから理解されるだけでなく、自らもヨウの思いを感じているようです。しかし口ぶりからすると、この少年は現在自分と神の見えざる手を通じて繋がっている相手を、主人公のヨウではなく因果限界のオリジナルの構造者でもあるはずの拾因だと考えているようです。この少年が拾因から指導を受けているらしい様子は第53話で描写されています。遥か離れた場所を繋ぐ因果限界を理解したはずなのに拾因の傍に行く方法が見つからないというのは、単なる距離以外の理由で遥かに隔てられているのかもしれません。現在拾因の死体が時間軸の狂った奇郷である夢限境界にあることと関わっていそうです。あるいはこの夢限境界が、2つの世界か時間軸を拾因が越えられた理由の鍵になるのかもしれません。

眼前の敵

3人目の少年に同行しているゼロに似た少女の後ろ姿から、オーバラップするようにゼロを端末としているティトールとヨウの側へと場面が切り替ります。切れ味の良い演出です。この静的で緊張感のあるムードから、巨大化による反撃を契機にダイナミックな戦闘へとなだれ込んでいく演出も、いつもながら冴えています。

ヨウは十倍巨変で即座に黒獄小隊の1人のスティールを葬ります。スティールは典型的な引き立て役ですが、定番の役割をきっちりこなしており好印象です。第67話の遺言を踏まえた適度にしんみりできる独白は、スティールの最期のキャラ描写として面白いだけでなく、敵幹部の1人を仕留めた手応えを高めてくれます。黒獄小隊たちが仲間を失った痛みをにじまえつつも、プロらしく冷静に対応してくるところも嬉しいです。クーの生存が確認されたことで、ヨウの側も怒りでなく生存のために殺し合う点が強調されて、両者ともにひたすらにクレバーです。ティトールとヨウの会話も芯の冷えた2人らしい信頼のあり方が格好良いです。

黒獄小隊とヨウの対峙の見開きに続く、見開き二連族での攻防の様子は、場面を客観的に見せすぎてシュールな印象が無くはないものの、ロングショットから滴る血液のクローズアップに切り替わり、ヨウとティトールの会話に移る部分のシャープさは流石です。

原皇であるティトールとはぐれ者のティトールの隔たり

緊迫した状況ながら、ヨウはティトールに戦闘と直接の関係がなさそうな質問をします。それはヨウの知る今のティトールと、黒い瞳のヨウの記憶の理解を通じて知ったそちらの世界のティトールの違いに関わる疑問のようです。3人目の少年と気持ちが繋がり、別の世界のことが意識に上がったため聞きたくなったのかもしれません。

「君の一族前世類… 生き残りは本当に君だけなのかい?」というヨウの質問にティトールは「…どういう意味だ?」と感じます。確かに読者として複数人物の視点からの情報を与えられている私からしても意味のよくわからない質問です。ただ、一族の生き残りの有無が、原皇とただのはぐれ者という2つの世界でのティトールの立場の違いに何らかの影響を与えたとヨウが考えたことは推測できます。

第71話でティトールはヨウに今の原皇になる前の初代原皇の部下だった頃の話をしています。この時ヨウは違和感ともつかない妙な気分を味わっていました。原因はやはりはぐれ者だったティトールについての記憶と目の前のティトールが話している内容にズレを感じたせいでしょう。起きた出来事自体に違いがあるだけでなく、ティトールが事実の一部を隠したりごましたりしてた話した可能性もあります。

また、以前に人界でティトールが絵本として表現した過去を信じるなら、少女だった頃に彼女は家族も友達も全てを侵略者に殺害されたはずです。侵略者が初代原皇軍にしろその敵にしろ、支配を受け入れたために初代原皇の幹部にまで出世し今の原皇の地位まで至れたことになります。黒い瞳のヨウの世界のティトールも、最年長のエリンのひとりである点から侵略を生き延びた可能性は高いですが、受け取り方を含めて対処の仕方が違っていそうです。

群青のマグメル第86話感想 ~信頼

第86話 転機 26P

これまで防戦一方だった黒獄小隊とのバトルが、サブタイトルの通りに攻勢に出る転機を迎える回です。鍵となるのはヨウとクー、クーとミュフェの間に築かれた信頼です。

大人数での戦闘が繰り広げられるだけあり、見開きがふんだんに用いられた広がりのある画面構成が楽しめます。

敵の連携

黒獄小隊は余裕綽々ながらも息の合った連携でヨウやクーを追い詰めます。怪我人の上に構造能力が使えない状態だと見抜かれているヨウと死体だと思われているゼロ(ティトール)への攻撃が手薄な分、クーが集中攻撃を受けます。黒獄小隊は喰い現貯めるでの吸収に時間のかかる三重合構での攻撃を複数方向から放ち、クーを追い詰めていきます。

どの隊員も短いながらも個性の出た活躍を見せてくれて楽しいです。この空間の主であるリヴは傍観者的に気のない応援をしていますし、妻を寝取られたことが第67話で発覚したボーガンは、犯人である糞眼鏡のバールをクーに殺してほしいと口走っています。一応は故意での同士討ちを狙うつもりは無く、不可抗力での死を願うあたり、腐っても仲間なのでしょう。

空間が手狭で、おそらくフレンドリーファイアを避けるためにも銃火器などの派手な破壊構造を黒獄小隊が使えない状況とはいえ、この人数差で善戦できるクーはさすがの実力者です。最後は囲まれて倒され、押しつぶされてしまいますが、結果的にヨウとティトールのための時間稼ぎになりましたし、実力どおりの活躍は見せてくれました。

聖国真類内での裏切り

クーが倒され、ほぼ無力だったため後回しされていたヨウがいよいよ絶体絶命となったちょうどその時に、第86話からヨウとゼロ(ティトール)の構造能力を封じていた手枷の幻想構造が消滅します。

第83話でショック状態に陥っていた捜索隊隊員が、手枷の構造主であるあの聖国真類だったという仕掛けにはなるほどと唸らされました。しかも犯人がミュフェだという点も、さらわれたクーの助けになるはずの人間に力を発揮してもらいたいという動機を考えれば納得です。第83話での含みのある表情は、敵の仕掛けた罠について考えていたのではなく、自分の計画の首尾を見極めていたのですね。長い目で見れば聖国真類の利益になる可能性があるとはいえ、身内に故意に危害を加えたと発覚すれば信頼を失うことは必至でしょう。犯人は侵入者かもしれないと考えて憤る真類の仲間に同行しながらも、クーの身のみを一途に案じ続けているミュフェの姿からは強い覚悟が伝わってきます。

聖国真類と人間とフォウル国の皇の信頼

ミュフェがこれだけ思い切った行動に出られたのは彼女が他のどんな同族よりもクーを愛し信頼しているからであり、さらにクーが異種族であろうとヨウを信頼しているからです。ヨウとティトールも、仲間かは微妙であっても、利害が一致するなら迷いなく手を組めるくらいには信頼関係が築けています。

こうした勢力をまたいだ信頼は、黒い瞳のヨウである拾因には得られなかったものです。彼ははぐれものたちと種族を越えて仲間になることはできましたが、国などの勢力には背を向けて逃げてしまいました。人界とマグメルの全面戦争は1つの世界を滅亡させるまでに至り、結果として彼の守ろうとした仲間さえも失われてしまいます。黒い瞳のヨウと『群青のマグメル』の主人公であるヨウ、2人の共通と相違は、仮面という小道具とともに、今回の扉絵で端的に表現されています。

この作品の主人公であるヨウは、現在の信頼が生んだこの好機を間違いなくとらえて、仲間の命を救ってくれるはずです。

ヨウとティトールが人数で劣る中で黒獄小隊に反撃するためには能力と状況を最大限有効活用する必要があります。手狭で逃げ場のないこの空間なら、ヨウの巨変の能力は敵を圧倒し得るはずです。体調を考えると持久戦は分が悪く、なるべく速やかに潰し尽くしたいところでしょう。ただし、救援が到着する前にリヴを殺害するなどしてこの空間が解除されてしまうと、カーフェの前に放り出されるのでかえって危険かもしれません。また、カーフェが救援隊をクエスタの巣に誘い込もうとしていることも気がかりです。まだまだ山積みの障害を越えていかねばなりません。

群青のマグメル第85話感想 ~意地

第85話 今日ではない 12P

前回絶体絶命かと思われたクーでしたが、何とか踏みとどまります。しかし依然として状況は絶望的です。

実力者としての意地

多数の構造体に刺し貫かれたクーの意識が死の淵に沈みかけます。幼い頃に病気で死に瀕して以来、身内への遺言について考えてきたことが回想されます。ただ、遺言とはいっても内容はシリアスでなくコメディ調です。大怪我とはいえ聖国真類である以上そうそう致命傷になるとは思えなかっただけに、ここであえて緊張感を解いておくのは面白い趣向だと感じました。遺言の相手が友人とは認めていなくとも喧嘩相手ではあるヨウに移り、引き続いてのコメディ調で遺言を一度否定して、思い直して遺言の内容を考えることで軽くしんみりさせ、さらに思い直してこの場での遺言を改めて否定し、立ち上がります。感情の起伏の流れが丁寧です。倒されかけてから持ち直す定番の展開がちゃんと盛り上がるシーンになっています。クーがヨウの助けも借りて砲弾にされた子供を救出する見せ場も、展開の流れに乗っていて格好良いです。実力者としての最低限の面目が立つだけの意地は見せてくれたと言えるでしょう。

救命者としての意地

しかし切羽詰まった状況で全くの他人を救おうとしたばかりに深手を負った事実に変わりはありません。ヨウがクーを「馬鹿」と評したのも当然です。もっとも、この「馬鹿」が否定的な意味ばかりでないことは、言ったヨウも聞くクーも了解しています。クーのお人好しぶりを確認したヨウが、改めて拾人館への勧誘の言葉をかけたのは未来の感じられる良い会話です。クーの「社長を譲るなら考えてやる」という返答も頼もしいです。強者には相応しからぬ人の良さなのか、優しさ故に得られた強さのかはともかく、自分の甘さを実力でカバーする意地が感じられます。強さと甘さ・バカさの対立や両立は、第8話の拾因の言葉や神明阿アススのエピソードにより『群青のマグメル』で度々示されるモチーフです。

黒獄小隊としての意地

対して、命こそ奪えなかったものの、子供砲弾でクーに深手を負わせた黒獄小隊の面々は余裕たっぷりの態度です。あくまで立ち向かおうとするヨウとクーに、リヴが内心毒づく際の性悪具合がいい意味で悪役らしくて楽しめます。手段を選ばないのは、ただ加虐を楽しむばかりでなく、組織の一員として任務遂行にかける意地のためでもあるのでしょう。楽観と悲観、10分と10秒という言葉選びの上手さが押し付けがましいものになっでいないところも素晴らしいです。

群青のマグメル第84話感想 ~可能性を繋ぐ

第84話 悪役の手 16P

第80話の続きとなるヨウたちサイドの回です。絶体絶命の危機に追い込まれます。

心の通じぬ敵

泡沫の遊びの構造主であるリヴが敵の指揮をとります。のんきに作戦について話し合い、子供砲弾という悪辣な手段を取り、ヨウたちを舐めきって弄ぼうとしていることをじっくりと見せつけてきます。圧倒的に不利なヨウたちはそんな敵に対して受け身に回るのが精一杯の状況です。

リヴがひたすら嫌な敵である点はキャラが立っていて面白いです。黒獄小隊が一度に13人も出ている状況ながら、全く埋もれていません。心中での実はいい人アピールと正当化の言い訳という自己欺瞞が、まさに欺瞞のための欺瞞という感じにノリノリで堂に入っているところもイカしています。同じく悪趣味な作戦を楽しんでいるミミカや、良心というより趣向の問題で不満をあらわにしている夕国など、他の隊員の反応も個性が出ていて興味深いです。

情を捨て切れぬ

クーは見知らぬ他族とはいえ子供を見捨てきることができませんでした。一旦は子供の体に刺さった構造物を吸収して放り出すものの、すぐに喰い現貯める者から出した鎖で拾い上げてしまい、隙をつかれて構造物で串刺しにされます。超級危険生物の聖国真類である以上致命傷ではないはずですが、ただでさえ勝ち筋の見えない状況での深手は絶望です。
クーはスペック的には普段のヨウより格上のはずなものの、良かれ悪しかれ理想主義な性格であるゆえかいつも活躍しきれないところがあります。体はボロボロですがヨウにも力と知恵を絞ってもらうほかないでしょう。神明阿アスス戦の中盤以降と似た状況になっています。しかし戦闘力の乏しい少女のゼロと違ってクーは実力者なので、やむを得ない状況とはいえただの足手まといになれば格が落ちます。できれば手負いのヨウとクーでうまく協力してこの場を切り抜けてほしいです。

空間の隔離と接続

泡沫の遊びの内部は空間的に隔離されていますが、外の様子をうかがうことはできます。そこからヨウは時間を稼げば応援が期待できると推測します。現状のヨウたちで黒獄小隊を全滅させるのは難しいので、それが勝ち筋でしょう。しかし、カーフェは前回で聖国真類の捜索隊を罠であるクエスタの巣に誘導し、今回でリヴに20分程度時間を稼ぐよう事前に命令していたと判明しました。ヨウたちが助かるためには自分たちで何とかして攻撃をやり過ごすだけでなく、泡沫の遊びを早めに解除させるか捜索隊に罠を回避してもらうかのどちらかが成功する必要があります。泡沫の遊びは強者を捕らえるほど消費が激しいそうなので、もしティトールがゼロの体に意識を接続してくれるならば幻想の維持時間を狂わせられる可能性があります。ただしティトールも絶体絶命の状況にあり、この作戦を取るなら彼女に相当の負担をかけてしまいます。

神明阿当主と戦う本体、泡沫の遊びのゼロ、人界で絵本を描こうとしている女性と、現在舞台となっている3ヶ所を繋いでいるティトールはこの錯綜した状況の要です。

また、可能性としてはヨウが因果限界に目覚めることもありえます。この場合はティールとクーにいかに見せ場があるかが話を楽しむためのポイントになりそうです。

群青のマグメル第83話感想 ~追う者と追われる者の思惑

第83話 優先順位 12P

第80話以来に聖国真類の強者会の動向が描かれます。複数の局面で事態が進行する興味深い状況ですが、減ページが続く中では少々もどかしくもあります。

地下の捜索隊

ティトール・ヨウ・クーを捜索する部隊の直接の指揮は引き続きサイが取っています。第80話での様子も合わせて考えると、黒い上衣で、中心に縦線が走った円形のバッジらしいものを左胸につけているのが部隊の正規のメンバーのようです。彼らは聖国真類の軍や警官などに相当する身分か、強者会直属の組織の人員なのでしょう。ただ、この制服らしい格好でない真類もミュフェを含め数人が捜索に参加しているので、彼らの社会での身分や職分が厳格に分離されているわけではなさそうです。強者会という統治組織の性質からしても、原則より個人の裁量や実力に重きを置く傾向はかなり強いと思われます。

また、今回の冒頭では『群青のマグメル』という作品の性質を考えるにあたって興味深い場面があります。聖国真類が使役するハリモグラに似た巨大生物が地中を掘り抜けてから捜索隊を体外に降ろすまでの一連の動きが丸々2P費やされてじっくり描かれています。架空の生物と架空の民族の生活での関わりはファンタジー要素の強い冒険ものの魅力であり、それが説明でなく描写によって丁寧に表現されていると感じました。話のつかみに相応しく力の入った場面だといえます。この後の捜索隊を背に乗せて地下空洞を前進する様子も印象深いです。

地下と地上の強者会

強者会のメンバーの描写も丁寧です。

職務は堅実に果たしつつ私生活での天然ぶりがうかがえるサイは相変わらず面白いです。

対して、フォウル国との同盟に反対するなどヨウたちの邪魔かつ粗暴な振る舞いの目立っていたトワは、彼なりに分別のあるところが描かれます。親しみの持てる新たな面が見えてきました。チンピラめいて偉ぶっている風なキャラだけに、クーと自分の実力について正確に把握できていると判明したのは好印象です。差し迫った状況である以上、味方につけようとしている相手が無能かどうかは好感を左右する重要なポイントになります。ラーストの口車に乗せられ気味な小物っぽさも、作戦遂行にプラスに働いている間は愛嬌として好意的に受け取れます。

乗せている側のラーストは流石の強者会主席らしい有能ぶりを発揮しています。クーの潜在力を一族の繁栄に関わるものと判断し、必要ならば孫の命より優先できると断言する冷徹さも立場に相応しいものです。いわゆる人間味のないキャラクターが、いけすかないが偉大な先達でもあるポジションについているのはいいですね。クーの実力を認めつつ自分の遥か下と認識しているのも、反感を覚えるよりむしろいつか越えるべき壁としての高みにワクワクできます。強者会入りを目指すクーを応援するにあたって燃える要素です。

カーフェの思惑

逃走中のカーフェは完全に振り切るための計画があるようです。まだ誘拐犯としての正体もバレていませんし、打てる手は多いですね。今は超級危険生物(クエスタ)の巣を目指していますが具体的には何をするつもりなのでしょう。捜索隊のひとりがショック状態に陥ってしまったことも意味ありげです。地下空間に毒が含まれていたとはいえ構造者にはあまり関係ない程度だったはずですが、もしそれが効いてしまったのだとしたら、やはりカーフェの策略が影響しているのでしょうか。

群青のマグメル第82話感想 ~先代の想い出

第82話 百年の先 16P

今回は本編に戻って第82話です。話も第81話の直接の続きです。ティトールが端末に描かせた自伝的な絵本の内容の詳細が判明します。

一族の想い出

主人公の妖精少女が父親の首を切断したのが明かされる第81話のヒキは衝撃的でしたが、今回はまず絵本の序盤のゆったりした内容から説明が始まります。ひたすらに「普通」の日常が続く部分は、エッチな本が目当てだった青年は退屈に感じられたようです。日記に近いというのもいい意味ではないでしょう。ファンタジーの日常もの・生活ものはそれなりにファンのいる分野なので、ほとんど売れなかったのはアピール力含めティトールの実力不足が原因ですね。ですがその絵本で描かれている日常とは原皇ティトールがただの子供だった頃の日々であり、それを知っている身からするとノスタルジーめいた興味が否応なくそそられます。

ティトールの子供らしい体型や一族の友達と遊ぶ仕草、彼女の能力である仮面の構造に目覚めた様子、一族の親子らしい2人が手をつないでるところ、数々の挿絵には荒々しいタッチであるがゆえに想像力が掻き立てられ、切なささえ感じます。他人の受けを意識してデフォルメされていないからこその生に近い日々の細やかさや実感の描写は、フィクションという表向きのままでも一部の好事家にはたまらない表現となっていそうです。そちらに関心のない読者である若者も、クソ本と評価しつつも妙に惹きつけられるリアルさを心に留めています。

さらに、かつて侵略された一族の当事者が、自身を主人公のモデルにして今は失われた里の日々を描いたという点を踏まえて良いとするなら、その資料的価値は計り知れません。個人的に、今まで出てきたマグメルの秘宝の類の中では一番手に入れてみたいと思いました。

父親と先代原皇

第81話で発覚した惨劇の詳細も説明されます。ティトールの一族はかつて商売上手で富を持っていましたが、他の種族のエリンに侵略されたのです。富は全て奪われ、ティトールは家族も友人も全て殺されてしまいました。第71話によれば一族にはそれなりに生き残りがいるようですが、身内が殺された中ティトールが助かったのは、彼女が一族の中で数千年ぶりに現れた構造者であり、侵略者にとっても利用価値があったためなのかもしれません。ティトールは全財産と切り取った父の首を侵略者に差し出して忠心を示し、配下に加わったようです。第81話を読んだときはティトールが父を殺害したのかと思いましたが、今回を読む限りでは侵略者に殺害された父から首を切断したほうがありえそうです。

気になるのは家族を裏切って侵略者の側につくのにティトールがどの程度積極的だったのかという部分です。脅されるようなかたちで生き延びるために泣く泣く行ったのか、したたかに自分から強者に取り入ったのか。それは現在原皇として戦う彼女の思考にどう影響したのか、黒い目のヨウとともに逃避を続けた彼女とはどう違うのか。多くの点に関わります。また、この侵略者というのが先代かつ初代の原皇の率いるフォウル国やその前進だったのかも気になるポイントです。もしそうなら、一族や家族に害をなした彼に対するティトールの憎悪は相当なもののはずで、自滅した先代原皇としての彼に対する侮蔑やわずかにうかがえる思慕をあわせて考えると、かなり複雑な感情が渦巻いていることになります。ただし、侵略者をさらに侵略し、ティトールを開放したのが先代原皇である可能性もあります。この場合、かなりストレートにティトールは先代原皇を尊敬していそうです。

先代当主への贈り物

現在ティトールは2人の神明阿当主と戦うので精一杯ですが、さらにもう1名加わるようです。新たに目覚めた神明阿ヘクスは、第46話の当主たちの顔と照らし合わせる限りでは210代目でしょう。209代目の神明阿アススの次の代です。神明阿一族は複数の候補の中から当主を選ぶようなので、ヘクスがアススの息子や孫とは限りませんが、2人に面識はあると考えられます。現にヘクスはアススに対して何らかの思い入れがある様子を見せています。ティトールがアススを不意打ちで攻撃し殺害に大きく関与した件が、気の進まぬ複数人での攻撃に加わることをヘクスに踏ん切らせたようです。ヘクスはティトールとの戦いをアススに贈るつもりです。

現状ティトールは絶体絶命ですし、この場の全員がそうですが、どんな末路を迎えようと自業自得です。それもあって彼女が現在人界で端末に描かせている絵本の続きには遺言めいた思いが加わっていそうです。しかし美しく死ぬのも悪者の魅力ですが、彼女の性格からすれば汚く生き延びても魅力を見せられると思います。何よりここでティトールに死なれるとゼロの体が維持できないので、ティトールにはどうにか再び生き残って欲しいですね。